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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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嫁に来た私はいつまで経っても他人、ここではアウェイです。

そして、嫁に行った小姑はいつまで経っても娘、実家は自分の家なのです。

ゴールデンウィークですね。
商売をしていたこともあって、連休に実家に帰ったことなどありません。
でも、小姑は当たり前のように帰って来ていました。

店が忙しく、連休は仕事でした。子供達もどこへも行かず高校生になれば休みは家業を手伝うのが当たり前のような環境でした。

小姑らは、そんな実家を恨みがましく「自営は嫌だ、大変だ」と言っていたのに、嫁に行ったら連休は当たり前の様に遊びに来るのでした。

そんな実家大好きの小姑ら、結婚してもしばらくはここに住んでいるかの様な振る舞いに翻弄されたのでした。











非常識、私の中ではそういう括りです。
私に指図することと、自分たちの言動にこれほど矛盾があるのに、よくも平気な顔で・・・。

この家の庭は無駄に広いです。
庭の半分以上は芝生なのですが、その管理は私一人に任せられてました。

「この家に長く住む主婦がやるべき」
小姑の鶴の一声で、私がやるものだと決定付けられました。

でもね、今現在も健在の義母はどうなの!?
なんにもやらないってどういうことですか!
ここで叫んでもどうにもならないのですが、やっぱり血圧があがります。

話を戻します。


小姑らは結婚してからも、実家のことにことごとく口を挟んでかき回して来ました。

小姑らが使っていた部屋を子供達に与えようとした時も、里帰りする部屋がなくなると言って使わせてもらえませんでした。

部屋数だけはあるこの家で、長男が小学五年までボロキッチンのある自室に親子4人暮らしていました。夜は布団を敷くともう床は見えません。照明器具を布で覆って寝かせてました。

こういう状態だったのに、嫁に行って部屋が空いてるのに里帰りの部屋がないとか...
嫌がらせとしか思えませんでした。

そうこうしているうちにバツイチとなった小姑ですが、出戻りの際に一緒に運び込んだ婚礼箪笥を置く場所ですったもんだしたのです。

もうひとりのの小姑までしゃしゃり出て来て、この部屋は置いたらダメ、ここへ置けばいい、とあれこれ指図しはじめ揉めに揉めたのでした。

その箪笥、いまだうちにあるんですけど。

出戻りのくせに図々しい!!
そんな権限ないし!!

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