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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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このブログにもいろいろと書き綴ってきましたが、そのほとんどが愚痴、もしくは悲劇のヒロインぶった話?

だって本当のことだから仕方ないです。

今まで楽しい事が皆無だったのかと聞かれたら、それはノーです。楽しい事もたくさんあったし、しあわせだと感じた瞬間もありました。あったはずです。

ですが、そのほとんどが記憶がうすれてる事実!
言われれば、そんなこともあんなこともあった気がするのですがしっかり覚えていません。結婚してから今まで、私の思い出は同居の憂い一色です。



商売閉店に向けて、人様はいろんなことを言います。



どいつもこいつも、なんにもわかっちゃいない!!

知ったかぶりして、ゴチャゴチャ言うな!!










これから悠々自適だね。
いいねえ、あくせくしない生活で。
儲けたんだねえ。


愛想笑いにもいい加減疲れました。
私の生活のどこが悠々自適なのか言ってみろ!今後だってフルタイムだし!
あくせくしない生活?、結婚してからずっとこき使われてきた。お金もない時間もない生活!
儲けたかもしれないけど、全部使われたし、全部遺産分けの時に持ってかれたし、だいたいが全部を知らない!!


毎日、義母が店にやってきます。

それも大量の花束を抱えて。

お店の最後を有終の美で飾るつもりですか?
普段からお金がないって言ってるくせに毎日花束を買うお金はあるんですね!

あーやだやだ!
義母の年金は月額にして10万は軽く超えてるはずです。よくはわからないのだけど、なにかの弾みで年間の支給額を知りました。それはずいぶんと昔のことで、年金も年々減っているというし制度の細かいこともわからないけれど、どう見積もっても月額十何万かあるはずなんです。

税金も医療保険も光熱費も全部こっち持ちです。
私が経理を引き継いだ頃には、年金があるのにお給料を10万渡すように言われました。

誰に言われたかって? 
小姑です。嫁にいっても何年かは経理に口を出し、親の年金手帳の管理までしていたようで、とにかく私に取って目の上のたんこぶでしかなかった口うるさい小姑でした。


年金とお給料を合わせて軽く20万超えなのに、当時は冠婚葬祭や旅行のお金はこっちで出していました。旅行は交通費の名目で経費としておとせるからだという理由でした。

落とせるわけないでしょーが!!


そんな生活も、時代の流れとともに売上げが減り経営状態が悪化するにつれて、ひずみが生じてきました。当たり前です。

徐々に義母へ渡すお金を絞りだした私に「お金に執着を持ち過ぎ」と言い出しました。
先々のことを考えて少しは貯金をしないと大変な事になりかねないと主張する私を守銭奴呼ばわりしたのも義母です。

守銭奴、上等ー!!

今の状態をみれば、あの時の意見の食い違いはどちらに部があったか明白ではないですか。

義母が手にするお金は当時と比べたら半分くらいになってるかもしれないです。
「質素な生活」「もったいない」「そんなお金ないない」が口癖になりました。

私からしたら絵空事に思えますけど。



毎日、
花束を抱えてやってくる姿を見つけるたびに
血圧がぐっとあがります。

お金がないなら、
花なんか買わなきゃいいのに!


ああー、もうーっ!!

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どうやら、マザオはマザオで悩みつつ、
それでいて口には出せない男のプライドがあったみたいです。


昨日のブログ記事が中途半端で終ってしまい、早く続きを書かなくてはと思いながらもパソコンを前にぼんやりして無気力感がハンパなかったです。

結局、昨夜は早く寝ることにして(それでも深夜1時)ごろんと横になったのですが、そうなると返って眠れなくなって・・・もったいない時間ばかりが過ぎていきました。



マザオは一度も外で働いたことがありません。
商売屋の息子として育ち、高校生時代のアルバイトも含めてずっと家業に従事してきた根っからの商売人です。

外の世界を知らないので、会社における理不尽さとか、労働者の権利とか、良し悪しに関係なく「会社」というものをまるでわかっていない人です。

結婚前、退社直前の最後の慰安旅行へ「行くな」と言ったマザオ。

当時はたいていの会社で慰安旅行というものがあって、福利厚生の一環として会社の人との団体旅行があったものです。
私の職場環境は特に問題もなく、慰安旅行は楽しみな行事のひとつでした。

寿退社直前に赤の他人の中年男と酒盛りをする必要がどこにある?
これが「行くな」という理由でした。

アホ・・・






今の私なら、バカじゃない?の気持ちをこめた一瞥くれて無視か、さもなくばとことん世間知らずを降参するまで捲し立てたでしょうが、当時の私は少々の無駄な抵抗のあとで白旗をあげてしまいました。

今、書きながら思ったのですが、マザオはこんな小ちゃい男なんですから同居の舵取りが出来るわけないですよね。いつも最後はマザオのゴメンの一言で我慢するしか道がなかった私。
優しい人だと大きな勘違いしてました!!

昔は押し黙って泣いて我慢していた私ですが、年を追うごとに強くなり立派な?オバチャンになった今は元々の勝ち気な性格が際立ってマザオは防戦一方(笑)、引き金に指を掛けただけで返り討ちに遭って謝るパターンになりました。


そんな風なので、

「正社員募集と銘打ってパートでの採用は違反」を繰り返すマザオに聞きました。
聞くというより、詰問です。^^

「違反なら何っ?」

「私、正社員じゃなきゃいけないの?」

「は?私が稼ぎ手のメイン?」

「店やめて悠々自適な生活させてくれるんじゃなかったの?」

「アンタはどこでどうやって稼いでくるの?職探してないじゃん!」

矢継ぎ早に攻め込まれてオタオタするマザオ。
「いや、ただ違反だってこと言いたかっただけ・・・」



自営仲間に「自営業者は外で働いても続かない、働けないよ」と言われたみたいです。
周りを見ても、やっぱり自営だった人って同じところで長く働けていない気がします。すぐ辞めちゃう?

歳も歳だし、自分のやり方で自分が一番で何十年も過ごしてきたら、人の下で働くというのはキツいのかもしれません。「黒くても白」と言われたら「白」なのに、一国一城にいた貧乏主は「黒だ!」って言いそうですもんね。

私だって同じ穴のムジナです。
50にもなって新しい職場に馴染めるかとか、仕事を覚えられるかな?とか、いろいろ不安はあります。

ずっと立ち仕事だったから事務職を探したけど、目は老眼、簿記は未知の世界、Macしか使えないからExcelはたぶん無理、そんな資格なしの50歳に仕事があるわけがなかったです。

話が脱線しましたが、要するに当初の計画通りに上手に店を畳めれば問題なかったはずなんです。
机上の空論でした。
当初の計画は頓挫してます。

でも辞めると決めた以上、もうあとには引けません。
こういう時、女は強いのかも!?
いざとなったら家も店も全部売っぱらって、義母は年金で賄える範疇で施設かアパートへ入るしかないんじゃないですか?

正社員としての面接か
パートとしての面接か
聞いたところでどうなるんですか!?
採用されなければ最悪じゃん。


少なくとも

今までよりずっとマシな生活が待ってる

そう信じたい!!


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