大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
友人に誘われて、ショッピングモールの飲食店街でランチしてきました。
大型連休はいつも周辺道路から渋滞しているのに、すんなり駐車できて拍子抜けでした。
が、中はそれなりの混雑ぶりで、特に飲食店街は人、人、人、
そう遠くもない過去を思い出してゾッとしました。
去年の今頃、とある企業との契約寸前でホッと一息ついてた頃です。
万年所持金なしの生活からおさらば出来ると、資金繰りの苦しさも気持ちの上では半減してました。最後はドタキャンされ、途方にくれた時期でもあります。
そして、さらにその前年は商売屋の嫁として怒涛の働き蜂でした。
何が大変かって、釣り銭の用意とアルバイトの確保です。何ヶ月も前から頭が痛め、いくら悩んでも直前までどうにもならないもどかしさ。
それに、どちらもお金がなければ確保など出来ません。
今思い出してもどうやり繰りしていたのか分かりません。
最後の数年は息子たちに帰省してもらい、タダ働きで助けてもらいました。
猫の手も借りたい状況を現実の世界でずっと味わってきました。
もう少し遡ると義母の妹一家の襲来で接待があったし、さらに昔は全員の食事の支度、家政婦業、一体どうやってこなしていたのか。
あまり寝てなかった記憶です。
夜中の二時三時に洗濯したりしてましたしね。義母や小姑らのパンツを洗って干してたたんでやって、文句を言われ続けた過去。
いろんな感情を整理する間もなく、とにかく時間に追われ働き続けた過去。
知らない間に泣いてるなんてことはしょっちゅうで、それが心の病だと気づく暇もなかった過去があります。
よそ様の休みは多忙の働きまくる日だったのに、人並みに世間の休みにランチできる日が来るなんて。混雑した店内で忙しく立ち働く人たち、お疲れ様です。
普通に働いている方々はお給料も出るだろうし勤務時間は決まってるでしょう。
でも、そうじゃなかった過去の私を思い出してゾッとしました。

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連休は今日からが本番の勢いだと思うのですが、息子たちは早々と自分たちの家へ帰って行きました。
なぜだか、今回は強烈に「ああ、自立したな」と感じた帰省でした。
普段から息子たちとは同居しないと宣言し、一緒は何かとめんどくさいと豪語してる私ですが、年をとったのかな、少し寂しく思ったり。
今までは何かにつけて、「お母さん」だった息子たち。
食事の支度、布団の用意、今回はすべてマザオが整えました。主婦交代したからです。
今の生活スタイルになってから家事はほぼマザオ任せで、勤務体制も遅番シフトなので夕飯の準備をするには遅い帰宅です。必要とあらば午前にやれば良いことですが、幸か不幸かマザオがやってくれます。
その結果、疎外感半端なし?
疎外感と言うには大げさかもしれないけど、お決まりの「何が食べたい?」を実行したのはマザオです。
カプレーゼやフルーツサラダ、まるでお店で出すようなお洒落な食卓を完璧に演出した父親に拍手喝采の息子たち。
ショッピングモールへ行こうかどうしようか、どこでランチしようか、今までは私と相談していたことがマザオに変わりました。
「仕事だから、行って来て。」
嫉妬でしょうか。勝手に疎外感を感じて少しだけ寂しく思いました。
私が仕事で留守の間に、これまた義母が話に割り込んでいるだろう妄想にイライラは募り、帰れば置かれている義母の差し入れにゲンナリしました。
もう帰っちゃったもんね!
言うまでもなく、義母も平常に戻りました。頻繁に廊下をうろつき、息子らを捕まえては延々と話しかける声も聞かずに済みます。
駅への送迎もマザオ、何時の電車に乗って帰ったよの報告もマザオ、すべての立場が逆転してちょっぴり寂しさも感じた私のゴールデンウィークは終わりました。

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