大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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数ヶ月先の話ですが、義母の車の損保の更新時期です。
自転車操業ながら、まだ漕げた時代には経費という経費はすべて店持ちでした。
ここ数年のことです、自分の分は自分で払ってもらったのは。
それくらい切羽詰まった状態なのは、いくら能天気な自己中な義母でも日頃の暮らしぶりから分かっているはずですけどね。
損保更新をどうするか、
そんな話の前に、今度の誕生日で車を降りるって言ってませんでしたか?
その前には、保険の更新時期に免許返上するとも。
とにかく、なあなあで延ばし延ばしになっている義母の免許返上です。
店があるときは、義母のアッシーになる時間も暇もなかったですし、ふたり狭い空間で過ごすなんてまっぴら御免でしたから、私も免許返上には賛成も反対もしませんでした。
とうとう今に至るわけですが、損保更新にあたり保険料をどうする?とマザオが言い出しました。
どうするって?
そんなの知ったこっちゃない!と思う私です。
義母は、前回の誕生月に警察で講習を受けた際に「まだ全然いける」とお墨付きをもらったようなのです。それでいまだに車に乗っているのです。
この度、無事に店の件で契約金も入り、今後の展開が見えてきたわけですが、マザオは損害保険料をこっちで払うつもりみたいなのです。愕然としてしまいました。
はあ!?
あり得んし!!
カードローンも完済し、悠々自適ならいざ知らず、まだまだ返済はこれからです。
だいたいこの一年、私のパート代はすべて返済と生活費に消え、銀行との絡みからマザオ名義のカードローンは避けてすべて私名義で借りて来ました。
義母が、月額十万以上の年金収入のある義母が、生活費くれたことなんて一度だってなかったのに!
なんでよ!!
口論というより、私に一方的にまくしたてられたマザオの言い分は..
義母も長いこと店を切り盛りし頑張ってきたのだから、今回の展開で見込める利益を受ける権利がある、だから、これが最後になるであろう保険料くらい払ってあげてもいい、そんな感じです。
言わんとすることはわからないでもないけど、景気の良いときは欲しいままにしてきたじゃない!
家賃も光熱費も電話代だって自腹でない義母。
援助の必要なんかないでしょ!
会計士さんにも報告し、今回の転換に付いて回った事務処理もほぼ終わらせました。
私的に毎月の予算編成も一覧表を作りました。
その一覧表には、長年あり得なかった私たち夫婦の小遣いまで載せました。
わかった!マザオの小遣いから払えばいい、私はノーコメントだからご自由に。
あっけなく、義母から徴収が決まったのでした。
よく考えてから物を言え!
思ったことをすぐ口にして後悔の多い私から怒られたマザオでした。

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お惣菜は昔からあったでしょうよ!?
なかったんでしょうか、都会でも。
ここ数日はいろんな雑事で大忙しです。
会計事務所へ出さなければならないものも、今頃慌ててやってます。
草抜きもしばらく手をつけないでいたら、すごいことになってます。
雨で成長が早過ぎて、追っ付きません。
督促状の督促が来て、ようやく重い腰をあげ連絡を入れ、新たな振り込み用紙が来て、
今頃になってなにがなんだかわからなくなり、重複してると思い込んで丸めて捨ててしまったり、
もう大変です。
ざっと計算して支払い先の優先順位を決め奔走するのですが、銀行を出た後に支払い順が入れ違ってたり、こっちじゃなくてコッチだったーとまっさらな振り込み用紙をみて溜め息だったり。
事務処理も含めて八割方終わりました。
管理していたつもりでも前述の通り、だらしない管理の結果で、考えていたよりもずっと多い未払金が残っています。
ちょっとガッカリですが、完済の目処がついたことで良しとしたいと思います。
遥か遠い道ですけどね。
そんなこんなで、食生活が乱れてます。
貧乏ゆえに、惣菜やお弁当は極力買わず、ドレッシングでさえも手作りで、肉といえば挽肉?、食費をかなり抑えてきました。
ここのところ、お惣菜やお弁当を買う日があります。
マザオはマザオで体力消耗戦に突入してますし、私は帳簿とにらめっこで、部屋の中もグダグダです。
お茶漬けで済ませてしまったり、納豆ご飯が夕食だったりするのですが、これが完全同居のあの頃だったら許されない事です。
昔、幼子ふたりと家政婦業に疲れ果ててお弁当を買った時、義母は言いました。
「今はいいわねえ、私が若い頃はお弁当を夕飯に買うなんて考えられないことだった。」と。
義母は同居の経験がありません、というか義家との確執を知りません。
そりゃそうでしょ、義父の両親は早くに亡くなっていますから。
妊娠中にお惣菜を買った時があって、その時は、
「私が妊娠してた時はつわりがひどくてね、それでも這うようにしてご飯を炊いたの。」
お弁当を食べながら、そんな嫌味を思い出しました。

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