大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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思わずドアを閉めるために部屋を飛び出ました。
義母の電話で話す声があまりにも大きく聞こえてきたので、てっきりドアを開け放ったままだと思ったのです。
ドアはきっちり閉まってました。
なんであんなに大声で話さないといけないのでしょうか。
耳が遠いと声が大きくなるらしいですが、聞かれたくないことは地獄耳の義母です。
朝からイライラしました。
電話ばかりしている義母ですが、その昔、私は電話のことでもこっぴどく叱られました。
まだ携帯電話もないコードレスホンも限られていた時代でした。
同居の鬱憤を晴らすには電話が手っ取り早いのですけど、同居ではそうそう電話もできません。
ましてコードに繋がれているので話が筒抜けにならないようにするのも四苦八苦、何よりそんな悠長な時間など、私にはありませんでした。
息子たちが成長するにしたがって、子ども会やPTAなど回り番で役が来ます。
自営業だと余計に自由がきくと思われがちで大きな役を押し付けられるような感じで引き受けたこともあります。
強固に断る人もいますけど、地元で商売をしていて傍目には同居がゆえに大人の手がたくさんあると思われてしまうので断りづらいのです。
上の役になると連絡事項や出向くことも増え、電話も頻繁になります。
電話連絡のついでに世間話などちょっとおしゃべりが弾めば、義母の視線が痛いということもままありました。
夕飯の支度をしている時に電話が来て、肩と耳に受話器を挟みながら(コードレスホンが一般的になってました
)作業をしていて、やっぱり睨まれました。
しかも、夕飯の最中に、電話しながら作った晩ご飯は美味しくないと言われました。
今なら「じゃあ、自分で作れ!」と言ってやりたいところですが、あの頃はビクビクしていて。
何も言わないで無視することがせめてもの抗議でした。
早朝、夜遅く、時間を問わず電話ばかりしている義母に、
あの頃の言われた嫌味や叱責の数々をすべてぶん投げて返してやりたいです。
電話ばっかりしてないでやることやれ!って。

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この休みはやっておきたいことが山ほど溜まってしまい、あれこれと計画を立てていました。
毎度のことながら、タイムオーバーで中途半な終わり方になったり、ままあることなので頭の中で計画を立てました。
六時に起きて...
この時点でもはや怪しい...
このところ六時起きなんてしていません。
数年前の一日の睡眠時間が四時間くらいの働きっぱなしの生活からは遠く、マイペースな時間割です。
勤務シフトが昼過ぎからの出勤なので就寝はだいたい日付が変わった深夜です。
二時前くらいでしょうか。
でも、最近はこっくりし始めてすぐに眠りに入ってしまうので一時過ぎには寝ている計算です。
ほぼ毎日、五時台にトイレへ行きたくなって目が覚めます。
まだ早いからと二度寝を試みても一旦起きてしまうと早々眠れず、でも結果的に二度寝して目覚めるのが七時半くらいでしょうか。
私が普通の主婦だったなら、家族全員遅刻です!
いろいろと計画していた今日も御多分に洩れず、五時すぎに目覚め、二度寝を経て起きたのが八時でした。すでに計画は頓挫です。(笑)
お天気も予報とだいぶ違って布団を干せるような晴れ間は見えません。
今日はやめようー、そう思った途端に起床の遅れもあって当初に立てた計画はどんどん崩壊していきました。
思ったことの半分も出来なかった!
当たり前ですけどね。
こうなるとなし崩しに時間だけが過ぎて、あーあと後悔が残る夕暮れになりました。
そんな中、マザオはお土産で頂いた栗を渋皮煮にして義母の部屋へいそいそと運んで行きました。
これが本当に精神的にこたえます。
あげるなとは言いません。
大人のふりで黙って見ぬ振りですが、心の中は強欲のもったいない病が「なんであげるの!?」と叫んでいます。
栗と一緒に頂いたお饅頭もあげたでしょ!
私の実家へ持っていけとは一言もないのに。
マザオの意地が悪いとかでなく、根本からもう一人の母親が抜け落ちているのでしょう。それはどうなの?、一緒に住んでないから忘れて当然?
こっちは忘れたくても、顔を見たくなくても、一緒に住んでるから。

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