大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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新築マンションのチラシが投函されていました。
写真の撮り方もあるでしょけど、ため息が出るほど素敵です。
こんなキッチンに立ってみたい、
窓からあんな景色が見られたら気持ちいい、
洗濯干しでストレスを感じない生活、
洗濯機が当たり前に家の中にある、
思い描く妄想の世界は光輝いて素敵です。
現実になる日が来るのでしょうか。
なんだか無理そう...
不便で苦い思い出ばかりのこの家を脱出して、駅近のマンションへ移り住みたい!
思い描くは簡単でも問題は山積です。
まず義母!
健康一直線の義母はどうすればいいのでしょうか。
年金をたくさんもらってるといえど、それなりの施設へ入所して今の生活レベルを維持するには到底足りないでしょう。
不足分をカバーするには私たちに余裕が無さ過ぎます。
結局、同居解消のために貧乏なままこの家に住み続ける選択しか思い浮かびません。
同居が解消できるのなら!
そうは思っても、親戚縁者、周囲の人間関係がもつれないか...
今更、面倒臭いのは御免です。
自分たちの老後も考えて今の家を捨て、お互いの居場所を探す選択が一番波風が立たない気がします。そこにはやっぱりお金の問題が浮上するのです。
あと五年、そう思ってみるのですが、五年後に私は今のペースで働けるでしょうか。
あと五年、たった五年では頑健な義母はまだまだ自由奔放に生きてるように思います。

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店の敷地の片隅に背の高い共同看板が立っています。
毎年八月が更新月で一年間の看板利用料が振り込まれます。
さほどの金額でもないのですけど、支払いに追われてひぃひぃ言っていた頃にはありがたいお金でした。
事務員小姑から引き継いだ時、このお金は自動車保険の年払いで毎年消えてると聞いていました。
なので、名義上は義父宛に振り込まれるこのお金も店と家計のやりくりに消えていたということです。
小姑の時代からこんな状態でしたから、私がやりくりする頃にはもっと、いつもいつも支払いに苦しんでいて収入があれば即横流しが当たり前でした。
今年も振り込みを待つ時期になりました。
いつも、あの時のあの目とため息交じりの不満をぶつけてきた義母を思い出してゾッとします。
今では自家用車も一台だけになり、店もやめて脱自転車操業を目指している中ですから、嬉しいお小遣いになっても良さそうなものですけどね。
そうは問屋が卸しません。
十万円そこそこ、うちにとっては大金ですけど、支払うべきお金から見たら微々たる金額なのです。
この看板利用料をめぐって義母が口を挟み嫌味を炸裂させるようになったのは、私が経理を引き継いでからです。小姑の時は何にも言わなかったのに、私が担当するようになってから文句を言うなんて本当に嫌味な人です。
あの日、義母はダイニングテーブルに肘をつきながらお茶を飲んでいました。
「そろそろ看板利用料が入るでしょう。」
穏やかな口調もここまででした。
二の句を待たずに「支払いがいっぱいで」と私は答えたのです。
「いっつもいっつも!」
「楽しみにしてたのに!」
声を荒げて鬼のような形相で睨まれました。
私だって自分のために使っているわけじゃないのに!
それどころかまともにお給料だってもらえない生活で!
元はといえばお前らが作った借金が原因じゃないか!
嫌味を背中に浴びながら無言で仕事へ行ったあの日のあのシーン、
いつもこの時期に思い出します。

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