大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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毎年の恒例の地域巡回でお巡りさんがやってきました。
この辺りの空き巣や車上荒らしが急激に増えているそうで注意してくださいとのことでした。
舗装されていなかった道路や山を切り開いた道が整備され、ここ十年あまりで様変わりしたこの地域は見た目だけ郊外の雰囲気です。
でもバスも通っていなければ電車もなく、駅まで車で二十分近くかかる不便な所です。
少し前までスーパーもなく、徒歩圏内で買い物をしようとすれば近所の八百屋さん一軒のみでした。
数年前にできたスーパーは急な坂道を登りきったところにあり、うちからは山を下って登ったところにあるのです。車なら五分でも歩くとなるとどうでしょうか。
しかも買い物を終えて坂道を上り下りするのはきついです。
なので、義母がいつまでもハンドルを握って運転免許証を返上しなかったのは理解できなくもありません。あれだけ出かけっぱなしの人です。
商売をやっていて、今のマザオのように送り迎え出来る人も時間もありませんでしたから。
それに、義母と二人きりで車中なんて考えただけで消耗します。
冷戦前であっても絶対避けたいシチュエーションでした。
まだ子供が小さいころ、義母から「駅にいるから迎えに来て」と電話があり、時間を聞くとすでに到着して待っているというのです。昔から事前に連絡が出来ない人でいつもこんな感じで唐突なのです。
幼子がいれば、すぐに出掛けようとしても出来ないこともよくありますよね。
トイレとかお昼寝しかけてるとか、この時がまさにそういう状態で私自身は焦って急いでるつもりでも随分と待たせてしまいました。
明らかに不機嫌な顔で立っている義母を見つけた時の恐怖心、反抗したい気持ち、いろんな気持ちを抑えて遅くなったことを詫びました。
「遅すぎる!」
言い放った義母でした。
あんたの連絡が遅すぎるんだって!
こんな人なんですからやってられません。

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梅雨入りが話題になるこの季節になると夏休みが目前に感じます。
商売をしていた頃は、さほど儲からないのに忙しさだけが増す季節の到来に頭が痛くなりました。アルバイトの手配に頭を悩ませると同時にお盆の煩わしさに嫌気が増すのもこの季節でした。
解放されたと同時に貧困の極みを迎えて、督促の嵐の中で契約の話が浮かんでは消えやっと希望の兆しが見えたのは二年前の今頃です。
あっという間でした。
さっさと滞納と延滞のくくりから抜け出して、息子たちの奨学金返済を手伝いたい...
まだまだ先は長いです。
利息の高いものから返済を進めて、幾つかの借金は完済できました。
完済したのはすべて店をたたんでから契約が決まるまでの生活費や返済金のためのカードローンです。
返すために借りる、そんな生活が思いがけず長引き、予想を超えて大金を借りる羽目になりました。
でも、あの時に決断して店をたたまなければ今の生活へ変えることはできなかったのです。
あと一年で、ちょうど来年五月に毎月三万円の返済金が終わります。
続けざまに二万円のものも。
順当に進めば、来年の夏からは毎月五万円の余裕が出るはずです。
それらを貯蓄へ回すか、他の返済へ当てて完済の時期を早めるか、そんな妄想が楽しいです。
毎月五万円もの貯蓄ができたら二年で百万円以上です。
五十も半ばの夫婦が貯金百万円で「夢のよう」だなんて。
下着も買えない、穴の空いた靴下で会社へ行っていた私からすれば夢のような大金なのです。
それよりも他の借金にあてて、より完済の時期を早めた方がいいかなとも考えたり。
利息がもったいないですからね。
現実は予定外の出費やら、日常の色々で消えてしまうかもしれません。ただでさえ今も汲々としてるのですから。
私自身もいつまで今のペースで働けるのかわかりません。毎月のお給料は生活費と返済に欠かせない収入です。
そうこうしているうちに契約満了を迎えてしまったら?あっという間に二年経ってしまったのです、五年六年もすぐでしょう。
夢が醒めて現実に引き戻される時、大丈夫かな、この先やっていけるのか心配になります。
大丈夫、きっと上手くいく!そう念じて進むしかありません。

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