大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
世間ではニーサだ、iDeCoだと湧いてますけど、遅きに失した感じがあって素通りしてます。
老後の資金に数千万必要だとか、この年代の平均貯金額が二千万だとか、絵空事にしか思えません。
ついこの前まで資金繰りに苦しみ、返済に追われ、にっちもさっちもいかない生活だったのです。
やっと日々の生活が軌道に乗ったとはいえ、大金が湧いて出てくるはずもありません。
年金生活になったらどうなることやら。
なんとかなるでしょう、そう思わざるを得ない状況ながらも考える余裕はありませんでした。
マザオとふたりで年金生活になれば、なんとかやっていけると思います。
ひとりになったら?
単身の年金だけでは到底やっていけません。
義母と同じようなところへ入居できるか、
できません。
だって義母のもらってる年金額の半分だから。
恵まれすぎてる義母
やりきれない思いです。

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孫ができて、自分が祖母という立場になって嬉しい気持ちとちょっぴり複雑な心境,,初めて気づきました。
もちろん、孫の存在は愛おしく嬉しいことで、「ばあば」が嫌というのではなく、そういう年齢になったんだという寂しさというか、うまく表現できませんが憂いな気持ちがあるのは否めません。
義母が敬老の日のお祝いを要らないと言った過去を、今になって少しだけ肯定的に思える自分がいます。
当時は、何言っちゃってるの!だったら知らない!!と憤慨したものですが。
極度に「おばあさん」を嫌がった義母だから、息子たちにも敬老の日のお祝いを提案したことはありません。日頃の恨み辛みが私の本音ですが。
空気を感じ取ってるのか分かりませんが、息子たち自ら敬老の日に何かしたこともありません。
そもそも当事者の義母が「ばあば」を拒否してるのだからお祝いをしないことが孝行というものだと屁理屈で肯定していました。
ということで、今日が敬老の日だと午後になって気づいたくらいです。
母の日もスルー、誕生日もスルー、今後もすべてスルーでいくと思います、たぶん。

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