大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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明日明後日と立て続けに息子達が帰省してきます。
普段は使ってない部屋だから汚れてはないけど、なんとなく埃っぽいので掃除をしまいした。
布団も干したいところですが、お天気があまり良くありません。
この前の休みに干したので良しとして、窓際に広げておきました。
元々、小姑達が使っていた部屋です。
この家を建てる時から小姑らのために、引っ越してきてから小姑らの好みに合わせた部屋です。
最近のブログネタが部屋のことだったので殊更に小姑の部屋だったことを意識させられました。
だって面影がほぼ残されてますからね。
その部屋の主となっていた期間も小姑らの方が長いでしょう。
息子達が個別に部屋を与えられてから大学進学までの期間間借りしてたような感じさえ受けます。
カーテンも昔のまま、義母が勝手に買ってきて敷いた絨毯もそのまま、ベニヤ板の傾いたタンスもそのまま置いてけぼりでした。
片付ける時間も新しく買ってやる費用も、今度今度と言ってる間に子供達は巣立って行きました。
子育ての佳境が過ぎて、やっと絨毯を引っぺがし捨てました。
傾いたタンスも分解して粗大ごみへ出しました。
どうにか息子達の希望にほんのちょっとだけ近づけた部屋に、もう主人はいません。
掃除のために入って、まだまだ小姑の色が強いと思いました。
早く、スッキリさせたいな。
とりあえずはこの部屋に帰省してもらうしかありませんけどね。

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収入源は二つです。
私のパート代と賃料です。
もしも借金がなかったら、いえ、あったとしてももう少し少なかったら、楽勝で普通の生活ができたと思います。
タラレバの話をしても仕方がないけれど、何度も電卓を叩いて妄想は膨らんだりしぼんだりしています。
つくづく貧乏な人は貧乏サイクルに嵌って本来払わなくて良いお金が出て行き、そうでない人はローンさえアホらしいとキャッシュという利息のない世界に生きている現実を思い知ります。厳しいです。
私のパートの手取り給料はだいたい十五万前後です。
この地方で、この年齢で、持ってるスキルなしと思えば、十分に良い待遇だと思います。
コス◯コやす◯家などは時給千二百円とか、この辺りでは破格の時給だと聞きます。
今更、新しい仕事を覚えられそうにもないし。
というより、採用されない確率の方が高いのですよね。
今の職場は気に入ってるので転職する気はないものの、十五万で老後の生活が成り立つのでしょうか。
職場で老後の話題になり、すでに片足を突っ込んでそうな私たちの年代は貧乏自慢が始まりました。
正直、今の生活レベルなら借金さえなければイケそうな気がしています。
贅沢はできないけどなんとかなるんじゃないかなと。
ただ、うちには膨大な借金がありますから、これがなくならないことには試算も何もありません。
今は、クレジットカードから電子マネーにチャージして税金を払い、そのポイントでお米を買い、生活のほとんどにクレジットカードが絡んで、現実の支払いが先延ばしになっています。
食費も光熱費も携帯も、使えるものはほぼクレジット。
なので、クレジットカードの支払いだけで毎月20万くらいあるのです。
こんな状態なので十五万で普通の生活ができるかなんて、言えた義理ではないのですが。
それに加えて通帳はマイナスだらけ。
昨年、契約が決まらなかったらアウトでした。
転覆寸前まで行っていました。
今の返済金の一部は契約が決まるまで、借金を借金でやり繰りする恐ろしい方法でしのいでいたのです。その上、滞納できるもの全部後回しだったのですからその代償は大きいのです。
何度、電卓を叩いてもまだまだ先は長いです。

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