大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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今現在の私の1日は、ほとんどが「店の中」です。
自宅へは寝に帰るだけ。
店を閉めて家に帰ると、だいたい22時から23時。それからお風呂と晩ご飯です。ボロキッチンで料理とは言い難い物を用意してお腹を満たします。
「大変ね。」とよく言われますが、あの頃より全然マシ。もう慣れました。
結婚した頃は、昼間ちょこっと顔を出す程度で専業主婦に近いものでした。
朝は小姑のお弁当作りに始まり、家族の朝ご飯を用意します。ご飯党とパン党の両方!みんなそれぞれが出掛けてから、残り物でやっと朝食です。
そのあと、山のような洗濯物に取り掛かり、サッと簡単な掃除をすませるとあっという間にお昼でした。買物や夕飯の支度の合間に店に顔を出したり、帳簿をつけたり。
子どもが生まれて、小学生になるくらいまではほとんど専業主婦、というか家政婦!
「手伝う気持ちが感じられない」「家業を背負ってく気があるのか」
たびたび尋問されましたけど、家政婦業が忙しくてムリッ!!
今の私なら、言い返したり無視したりガン飛ばしたり(笑)フンッってなことも出来ちゃうけど、当時はメソメソ泣くことしか出来なかった。
でもいいんです。だって売り上げがはかばかしくないから「痛み分けということで時給350円ね。」って言われましたもん。最低賃金の半額セールですよ!
時給350円、インパクトありすぎて今もって忘れられません。
よく考えたら、今はタダ働きみたいなもんでした。350円より待遇悪いってどれだけ貧乏なんでしょう。普通は、同居するとお金の苦労は減るものじゃないんですか。私は結婚によって一挙両得ならぬ一挙両損に?
昨日の、簡易二世帯に改装した話。
寝室をLDKにするために嫁入り道具のツインのフランスベッドも捨てました。
自宅は比較的大きいです。大きなおうちだねって良く言われます。建てた時は大人が6人ですからね。
その大きな家で、自分たちのスペースは改装したLDKのみ。
その限られたスペースに、タンスありーの、ドレッサー置きーの、子どもの学習机置きーの、布団敷きーの、ある意味すごい万能部屋でした。
それでも完成した時の感無量さといったら、ヤッターなんてものじゃありませんでした。
あのセリフを聞くまでは。
「こっちの晩ご飯は誰が作るの?」
今の私の生活は四六時中店の中、当時は義母がそうでした。家事は一切合切、私にお任せだったけど。
心を病んで、嫁の実家がお金を工面して、簡易二世帯に改装したのに、向こうのキッチンは広くて立派なシステムキッチンなのに、なんで私が小さなキッチンでご飯つくらなければならんのだ!?(怒)
成人した小姑がふたりもいるのに、なぜ私が?
全長180センチのI型キッチンで義家族の分まで作り、向こうのキッチンまで食器を取りに行き、盛りつけラップをして置いて来る。こんな生活が続きました。
それでもシアワセ?
朝昼弁当は解放されたし、洗濯も自分たちの分だけ、なにより子どもたちとお気楽に自分たちだけでゆっくりご飯が食べられることが嬉しくてたまらなかったんです。
まだあるよ!
「(義母は)もう歳で無理だけど、換気扇の掃除はどうするの?」
知るかー!!というわけにもいかず、どこまでもお人好しな私。
この生活も終焉を迎える日がやってきたのです。とんでもない事情でした。

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自宅へは寝に帰るだけ。
店を閉めて家に帰ると、だいたい22時から23時。それからお風呂と晩ご飯です。ボロキッチンで料理とは言い難い物を用意してお腹を満たします。
「大変ね。」とよく言われますが、あの頃より全然マシ。もう慣れました。
結婚した頃は、昼間ちょこっと顔を出す程度で専業主婦に近いものでした。
朝は小姑のお弁当作りに始まり、家族の朝ご飯を用意します。ご飯党とパン党の両方!みんなそれぞれが出掛けてから、残り物でやっと朝食です。
そのあと、山のような洗濯物に取り掛かり、サッと簡単な掃除をすませるとあっという間にお昼でした。買物や夕飯の支度の合間に店に顔を出したり、帳簿をつけたり。
子どもが生まれて、小学生になるくらいまではほとんど専業主婦、というか家政婦!
「手伝う気持ちが感じられない」「家業を背負ってく気があるのか」
たびたび尋問されましたけど、家政婦業が忙しくてムリッ!!
今の私なら、言い返したり無視したりガン飛ばしたり(笑)フンッってなことも出来ちゃうけど、当時はメソメソ泣くことしか出来なかった。
でもいいんです。だって売り上げがはかばかしくないから「痛み分けということで時給350円ね。」って言われましたもん。最低賃金の半額セールですよ!
時給350円、インパクトありすぎて今もって忘れられません。
よく考えたら、今はタダ働きみたいなもんでした。350円より待遇悪いってどれだけ貧乏なんでしょう。普通は、同居するとお金の苦労は減るものじゃないんですか。私は結婚によって一挙両得ならぬ一挙両損に?
昨日の、簡易二世帯に改装した話。
寝室をLDKにするために嫁入り道具のツインのフランスベッドも捨てました。
自宅は比較的大きいです。大きなおうちだねって良く言われます。建てた時は大人が6人ですからね。
その大きな家で、自分たちのスペースは改装したLDKのみ。
その限られたスペースに、タンスありーの、ドレッサー置きーの、子どもの学習机置きーの、布団敷きーの、ある意味すごい万能部屋でした。
それでも完成した時の感無量さといったら、ヤッターなんてものじゃありませんでした。
あのセリフを聞くまでは。
「こっちの晩ご飯は誰が作るの?」
今の私の生活は四六時中店の中、当時は義母がそうでした。家事は一切合切、私にお任せだったけど。
心を病んで、嫁の実家がお金を工面して、簡易二世帯に改装したのに、向こうのキッチンは広くて立派なシステムキッチンなのに、なんで私が小さなキッチンでご飯つくらなければならんのだ!?(怒)
成人した小姑がふたりもいるのに、なぜ私が?
全長180センチのI型キッチンで義家族の分まで作り、向こうのキッチンまで食器を取りに行き、盛りつけラップをして置いて来る。こんな生活が続きました。
それでもシアワセ?
朝昼弁当は解放されたし、洗濯も自分たちの分だけ、なにより子どもたちとお気楽に自分たちだけでゆっくりご飯が食べられることが嬉しくてたまらなかったんです。
まだあるよ!
「(義母は)もう歳で無理だけど、換気扇の掃除はどうするの?」
知るかー!!というわけにもいかず、どこまでもお人好しな私。
この生活も終焉を迎える日がやってきたのです。とんでもない事情でした。

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思いついたままを綴っているので、話が前後して読みにくいかと思いますがご了承ください。
今日は、タイトル「大きな家のボロキッチン」の由来です。
同居のための改装をして住んだ家は、わずか3年で売却し、現在の住まいを新築し引越しました。
元々が築年数の経った古い家を改装したところで、大人6人が住むには手狭な感じは否めず。 廊下がなく、引き戸で部屋と部屋が区切られている間取り。プライバシーもなにもあったもんじゃない!
降って湧いた新築の話は大変嬉しいものでした。最初だけね。
というのも、二世帯住宅は走りの時代でまだまだ浸透してるとは言えない頃。新しくなるのは嬉しいけど、我が家において完全同居の観念は健在だったからです。
妊娠中に新築のゴタゴタで雑事に追われ、乳飲み子を抱えた夏に引越し。ありえない!!
そうして、枠組みだけが大きい完全同居型の新居に引越しました。
商売屋の長男嫁は次第に心を病みまして(笑)、
上の子が小学校にあがるのを機に、実家で費用を持つということで簡易二世帯の間取りに改装することになりました。
自営という商売がら、若夫婦には預貯金できるだけの余力なんぞありませんで、実家頼みの改装は本当に申し訳なく、情けない思いでしたが、私の心は限界だったのです。
その費用でアパートに出たかったのに許されませんでした。今思うと、最初の家をわずか3年で手放すくらいなら、あの時の改装までして同居する必要があったのか疑問です。
水回りの改装は金額も跳ね上がります。
まして、なにもないところに水回りを持ってくるのですから。
出来上がった夢のマイキッチンは全長180センチのIライン型、アパートにあるようなキッチンです。コンロはガステーブルを置くタイプ。システムキッチンなんてとんでもない、予算ギリギリの安価なものでしたが、それでも私にとっては最高最上のキッチンでした。
洗濯機は勝手口から出たタタキのところを波板で囲った、いわば外!他に設置できる場所がなかったのです。苦肉の策かな。
私たち世帯専有のトイレやお風呂も欲しかったけど、それは叶わぬものでした。洗面所なんてもちろんありません。キッチンの流しが兼用です。(悲)
完全同居を解消するには改装の他、洗濯機や冷蔵庫、食器棚や鍋、食器などの小物にいたるまで全部買わないといけなかったから、なにもかもがギリギリの予算でした。
食器棚などの嫁入り道具は、すべて献上ということでしょうか。代わりに買ってくれるとか、返すとか、一切なかったし。
あれから20年余り。
夢のマイキッチンもだいぶ年季入り過ぎ!今日も寒さこらえて、外の洗濯機をガンガン回しているのです。

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今日は、タイトル「大きな家のボロキッチン」の由来です。
同居のための改装をして住んだ家は、わずか3年で売却し、現在の住まいを新築し引越しました。
元々が築年数の経った古い家を改装したところで、大人6人が住むには手狭な感じは否めず。 廊下がなく、引き戸で部屋と部屋が区切られている間取り。プライバシーもなにもあったもんじゃない!
降って湧いた新築の話は大変嬉しいものでした。最初だけね。
というのも、二世帯住宅は走りの時代でまだまだ浸透してるとは言えない頃。新しくなるのは嬉しいけど、我が家において完全同居の観念は健在だったからです。
妊娠中に新築のゴタゴタで雑事に追われ、乳飲み子を抱えた夏に引越し。ありえない!!
そうして、枠組みだけが大きい完全同居型の新居に引越しました。
商売屋の長男嫁は次第に心を病みまして(笑)、
上の子が小学校にあがるのを機に、実家で費用を持つということで簡易二世帯の間取りに改装することになりました。
自営という商売がら、若夫婦には預貯金できるだけの余力なんぞありませんで、実家頼みの改装は本当に申し訳なく、情けない思いでしたが、私の心は限界だったのです。
その費用でアパートに出たかったのに許されませんでした。今思うと、最初の家をわずか3年で手放すくらいなら、あの時の改装までして同居する必要があったのか疑問です。
水回りの改装は金額も跳ね上がります。
まして、なにもないところに水回りを持ってくるのですから。
出来上がった夢のマイキッチンは全長180センチのIライン型、アパートにあるようなキッチンです。コンロはガステーブルを置くタイプ。システムキッチンなんてとんでもない、予算ギリギリの安価なものでしたが、それでも私にとっては最高最上のキッチンでした。
洗濯機は勝手口から出たタタキのところを波板で囲った、いわば外!他に設置できる場所がなかったのです。苦肉の策かな。
私たち世帯専有のトイレやお風呂も欲しかったけど、それは叶わぬものでした。洗面所なんてもちろんありません。キッチンの流しが兼用です。(悲)
完全同居を解消するには改装の他、洗濯機や冷蔵庫、食器棚や鍋、食器などの小物にいたるまで全部買わないといけなかったから、なにもかもがギリギリの予算でした。
食器棚などの嫁入り道具は、すべて献上ということでしょうか。代わりに買ってくれるとか、返すとか、一切なかったし。
あれから20年余り。
夢のマイキッチンもだいぶ年季入り過ぎ!今日も寒さこらえて、外の洗濯機をガンガン回しているのです。

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