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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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マザオと私の間に生まれた最初の子は、両家にとって初孫でした。

その初孫、初産なのに里帰り出産させてもらえなかった話は以前書きました。
この子をめぐっては、本当にいろんなことがありました。





私の妊娠がわかった時、義父母から「おめでとう」と言われませんでした。
出産予定日が店の繁盛期と重なってしまったからです。

ですが、まだかまだかと矢のような催促をし続けたのは義父母です。
しかも「跡取り」という当時でさえ時代錯誤のような要望まで。

結婚当初は、いえ、結婚を決めた頃は別居のはずだったので1,2年はふたりで新婚生活を楽しみたいと考えていました。

あれよあれよという間に同居になって、夢も希望もない生活が待ってたんですけどね。
朝から晩までみっちり家政婦に加え、昼間は店を手伝いに出てましたから、もうヘトヘトです。

ですから、理由の違いはあれど子供なんて考えられませんでした。
それが、矢の催促です。

顔を合わせる度に「まだか」
そのうち不妊症検査へ行けとまでいわれるようになりました。ストレスは妊娠の大敵だって知らないヤツらです。


やっと?
いいえ、そろそろかなと観念しての妊娠でした。

何かの本で、義両親には夫から伝えるのが良い、みたいなことが書いてあったのでマザオが報告したんです。

思いっきり怒られました。
私自身が自分の口でなぜ言わないのかと。
そこまで言われなくちゃいけない?ってくらい、常識はずれだと言われました。

義母は、「臨月まで働くでしょ?」が最初のセリフでした。
店には出るんでしょうね?みたいな、自分は産休が取れるまで働いたと言い出し「おめでとう」とは一言もなかったです。

フン、産休って、同居でなかった義母は、それどころか義父の両親は早くに他界して煩わしいことなんてなかったじゃないですか!


そして出産予定日を聞いて、「また忙しい時に・・・」とつぶやいたあと絶句されました。


男尊女卑が横行していた昔、嫁は子孫繁栄の道具として役に立たなければ離縁された・・・
まだかまだかと催促していないで、産まないなら出てってくれと離婚されてたら・・・
私の人生、もっとバラ色だったかも!?


妊娠だけでこの有様

生まれたらどうなるのか


もっと機知に動くべきでした。


我が子の名前も付けられなかった


自分が疎ましい!!


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