大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
自分が家事を担ってた頃は、主婦業の大変さをわかってもらえないと恨みつらみでいっぱいでした。
今では大半のことはマザオがやってくれるのでとても楽になりました。
自分が主導していた時は、洗い物くらいやってほしいとか、食べ終わった食器は水に浸けて!とか、脱いだ服や靴下が丸まったまま出さないで!とか、とかく注文が多かったのですが、マザオは何も言いません。
最初は、不慣れな主婦業を手伝う気遣いもあった私ですがだんだんと座ったままの人になってます。
上げ膳据え膳のあげくそのままウトウト、気がつけばテーブルの上はきれいに片付いています。なのに、ちょっとしたことで文句を連発してしまうのです。
やってもらうなら文句は言うな!
いつも私が心の中で叫んでいたことです。
それなのに、なんたることでしょうか。
些細なことなんです。
お茶碗の糸じりのくぼみが汚れてきたり、包丁の柄と刃の境目がなんとなく茶色っぽかったりと、都度の洗い方で汚れが落としきれてないのが気になってしまいます。
私が洗い直してれば、それはそれでマザオが「なに?」と聞いてきます。
手を出さずに指摘だけすれば、不機嫌な顔つきになります。
反対の立場だったら、私も同じだと思います。
でもこういうやり取りにイライラします。
私はもっともっともっと大変だった!
毎日が目まぐるしく辛く重労働だった!
子育て中で二人の幼子を抱えて給食のおばさんのようだった!
それを思えば、今なんてたった二人分、それも専業です。
マザオが何か言い返すわけでもなく、普段からよくやってくれてると感謝しています。
でも、それと感情とは同じようにはいかないのです。
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この記事へのコメント
無題
我が家では、風呂洗いを任せておくと二週間くらいで風呂場の四隅から茶色い汚れが立ち上がってくるのが見えます。しかし奴にはそれが見えない。指摘してもわからない。見えないものを掃除できないのですね。やむを得ず「クッソー」と髪を振り乱し汗だくで風呂掃除をします。いったい幾つまで私はこれを続けるのでしょうか。そのうち私にも見えなくなって茶色い風呂場で風呂をつかうようになるのでしょうか…
Re:無題
なんだかしっくり想像できてしまいました。
見えなければ仕方ないことですが、今はまだ見えてしまうので気になるんですよね。
気持ち的には掃除は嫌だけど見えていたい、相反する気持ちですが。(笑)
義母は若い時から見えない人でした。
掃除や洗濯に限らず、日常のありとあらゆることが宇宙人!
物を失くさない方が不思議なくらいにいつも何か探してました。
なので、「呆け」てないのか、元々がおかしいから「呆け」が隠れてるのか分かりません。
ああ、同じにはなりたくありません、絶対に。