大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
朝から失敗続きでした。
忘れ物から始まり、勘違いから行き詰まってあきらめ、何をやってもダメダメだった日です。
そんな日もあるさと思いたいところですが、気持ちの切り替えがなかなかできなくてすっきりしません。
毎日泣いてた過去の日々を思えばたわいないことばかりだと気持ちを奮い立たせようとしたら、却って気持ちが萎えました。悪い想像ばかりが浮かんでしまいには涙が出そうになってぐっと堪えました。
調子の良い日ばかりでないことは百も承知ですが、難しいですね。
これが鬱であるとは思ってません。
広い意味ではそういう捉え方もあるかもしれませんが。
頭の中ではそう思っているのに、唐突に全然関係のない辛かった思いがスポット的に現れて今の負の気持ちに被ってくるのです。自分でもコントロールできません。
時間が解決すると思っています。
その時間がもったいないと裏腹の思いも交差してますが。

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ここのところ、私の気持ちから義母が排除されてます。
全く思い出さないかといえば、そうではないけど
日々の生活ではほとんど思い出しません。
意図的にという意識はありません。
朝起きて、真っ先に思ったのが義母に見つからないように気持ちが張り詰めたものです。
義母が居なくなってからもしばらくの間はこの習慣が抜けなくて、そのあともう忍者にならなくていいんだと高揚感で謎に声を張り上げたりしたものです。
これが普通の生活なんだと新鮮な感覚に胸踊る日々もすっかり当たり前になっています。
こんな平和な時間で人生を過ごしたかったなとさみしく思うことも多々ありますが、まだ元気なうちに「普通」を知ることができて良かったとも思うのです。
反面、何十年も損をしたと後悔の気持ちももちろんあります。
たとえ同居でなくとも波風があるのは承知しています。
だけど、この苦しかった過去がもったいなくてどうしても受け流すことができませんでした。
ことあるごとに、あの時は,,と思い出しては歯ぎしりしていたのに。
いつの間にか「今」が当たり前になりつつあるのです。
受けた仕打ちを忘れたわけではないけど、心穏やかな日々が続いています。

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