大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
ここのところ、私の気持ちから義母が排除されてます。
全く思い出さないかといえば、そうではないけど
日々の生活ではほとんど思い出しません。
意図的にという意識はありません。
朝起きて、真っ先に思ったのが義母に見つからないように気持ちが張り詰めたものです。
義母が居なくなってからもしばらくの間はこの習慣が抜けなくて、そのあともう忍者にならなくていいんだと高揚感で謎に声を張り上げたりしたものです。
これが普通の生活なんだと新鮮な感覚に胸踊る日々もすっかり当たり前になっています。
こんな平和な時間で人生を過ごしたかったなとさみしく思うことも多々ありますが、まだ元気なうちに「普通」を知ることができて良かったとも思うのです。
反面、何十年も損をしたと後悔の気持ちももちろんあります。
たとえ同居でなくとも波風があるのは承知しています。
だけど、この苦しかった過去がもったいなくてどうしても受け流すことができませんでした。
ことあるごとに、あの時は,,と思い出しては歯ぎしりしていたのに。
いつの間にか「今」が当たり前になりつつあるのです。
受けた仕打ちを忘れたわけではないけど、心穏やかな日々が続いています。

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階段の息切れ、仕事終わりのだるさ、以前の感じ方と段違いです。
休みの日にまとめてやろうと思っていることも、あれよあれよと夜になり「あーあ」で毎度終わってしまいます。
こういう時、店をやめて本当に良かったと思います。
勤め人なら決められている勤務時間も実質自営だと無制限ですから。
休みなしで働き通しだったマザオも主夫業に転じて十年が経とうとしています。
あっという間でした。
帰宅することに恐怖を感じなくなりました。
いつからでしょうか、自分でもわかりません。
進んで先に玄関に入るなんて!
あと少しで到着、そう思うだけで動悸がして車をUターンさせて帰宅拒否でした。
帰宅が遅くなったら、それはそれで焦りと言い訳を考えたり、
とにかくこの家が大嫌いだったのに今は早く帰って休みたいとまで思うようになりました。
それだけ体力がなくなったのかもしれません。
義母がまだこの家にいたらこうはならなかったと思います。
行き場を失ってますますふさぎこんだかもしれません。

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