大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
地獄の自営業から脱出し、収入のない借金だらけの引きこもり生活も終息の目処がつきました。
時間もそこそこ生活費も困らないはずでしたが、やっぱりそううまくは事が運びません。
思ったほど余裕のない現実が待ってました。
でも動悸がするほどの心細さや先の見えない恐怖がないだけマシですけどね。
コメントのお返事も書かないうちに、今日もまた出掛けなければなりません。
帰ったら..、いつもそんな風に思うのに疲れて寝てしまう不甲斐ない私です。
すみません。
根がぐうたらなので、「今までがんばったんだからいいじゃない!」そんな気持ちがだらだら生活に拍車を掛けます。
それに思った以上に、お付き合いができました。
嬉しい反面、めんどくさい気持ちと後ろめたさとで、やりたいことが出来ずに出掛けることが億劫になりつつあります。
店をやめたことが次第に広がって、会おうよと連絡が来ます。
最初はそれが嬉しく、また楽しくてちょいちょい出掛けていたのですが、意外と交際範囲が広かった?
いいえ、地元で育って、地元で就職し、地元で結婚したので、それぞれの時代の友人が近隣に揃っているからです。
個々には懐かしく会いたい気持ちで楽しい時間を過ごすのですが、一回会えば次はいつ?となり、
休みの度に出掛けることが続きました。
そうなると、なんというか..
あまり気が進まなければ断ればいいものを、なかなかすっぱり断りきれません。
これも一時の事だと思いますが。
自分が優柔不断だからいけないんですけどね。
では、行ってきます。

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マザオが出掛ける前夜、義母の台所の蛍光灯が切れました。
台所の灯りは長い蛍光管一本で、あとはスポットライトとカウンター上の蛍光灯になります。
スポットライトは何カ所かあるし、真っ暗ってこともないですがやはり薄暗いでしょうね。
比較的長い間留守にするための準備でバタバタしているマザオが「蛍光灯ないー?」と、あるはずのない蛍光灯を探してることにイラッとしました。
あるわけないじゃん。
あんな長い蛍光灯を使うのは義母の台所だけなんだから!
義母って蛍光灯を取り替えたことあったっけ?
私の記憶では、見たことありません。
蛍光灯が切れたらそれは家政婦である私の仕事ですから、義母がやるわけないですよね。
というより、義母が蛍光灯や電球を買ってきたのも見たことがないです。
ボロキッチンができて生活が別々になっても、困ったことがあれば息子夫婦に頼めばいいとでも思ってるのでしょう。
ムカデが出た!
蛍光灯が切れた!
時計が止まった!
ガス火がつかない!
そんなこと..と思える些細なことまで人頼みです。
もしも同居でなかったら、義母はどうやって生活してたんでしょうか。
なにもかも嫁や息子に振って、おぶさり、都合良く利用して、自分は悠々自適に過ごして来たけど、一人暮らしだったら年金だってお小遣いじゃないんだし、生活費に消えて行きますよ。
同居して、我が物顔で「おとうさんの建てた家」を連呼し、好き放題にしてきた義母だけど、
息子との同居を望まない私には義母のような生活は出来っこありません。
だいたい頼る人がいないし。
マザオがいなくなったら、一人暮らしです。
よぼよぼで蛍光灯も交換出来なくなったら施設ですかねえ。
蛍光灯ひとつ交換出来ないのだから、庭の管理など出来るはずもないです。それなのにぐちゃぐちゃ言われ放題だったかと思うと今更ながら腹が立ちます!
結局、夜遅かったこともあり蛍光灯は切れたまま、翌早朝にマザオは出発しました。
いつ交換したんだろう、いつの間にか台所の電気は点いて明るいです。
知人か誰かが来たのか、それとも自力でなんとかしたのか..
わからないけど、私たちを頼らなくても出来る事なら最初からやれよ!
反撃前の昔なら私に頼み込んで来たでしょうが、今は冷たく距離を置いてるのが鈍感な義母にも理解出来てるようで頼み事や余分な話はして来なくなりました。
清々してます!
本当の意味で清清出来るのはまだ先みたいですけど。

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