大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
道の駅の特集番組を眺めていたら無性にソフトクリームが食べたくなってしまいました。
マザオも同様にいい歳をした夫婦が揃ってソフトクリームが食べたいという理由で、コンビニまで車を走らせてしまいました。
コンビニは近くありません。
車で十五分はかかります。
そこまでして食べに行く食い意地に我ながら呆れつつ、欲しいと思えば行けるようになったんだと少々感慨深く思いながら...
私が子供の頃の母親像は何かおいしいものがあれば子供優先で、数が足りなければ母親は自分は食べないで子供たちに分け与えてくれる人でした。
人のことは言えないけれど、義母はどうでしょう?
自分が独り占めするような意地汚さはありませんが、何事も自分の取り巻きたちが優先でした。
地元のお祭りに息子の友人を招いた時の「うちの子(娘である小姑)優先」発言や、店の来客に聞かれた「お宅の子」から息子たちが抹消された件など、義母の中にある優先順位は私の思う一般的な考えとはかけ離れているのでした。
遠い昔、大好きな桃を存分に食べられないと愚痴った私を思ってか、実母が大きな桃を二箱も持ってきてくれたことがありました。
頂き物はなんでもご先祖様にお供えしてからという義母の決まりに従ってそのまま仏壇へ上げておいたのです。
大きくて立派だからうちには二つもあれば十分、お世話になった方へおすそ分けしたいと言い出した義母。
大人六人、私と同じく桃が大好きな息子を入れて七人で桃二つ?
全部で十個以上あるのに、なんで赤の他人にあげなくちゃいけないの!?
はっきり嫌だと言い切れない私でした。
義母に押し切られ大半を持ち去られそうになった時、小姑が口をはさみました。
「さすがにそれはないんじゃない?」
その一言で小さな口論が勃発し、私は蚊帳の外に置かれたまま、一人一個の計算で残りはすべて義母の世話になったとかいう見ず知らずの人の元へ持ってかれたのでした。
一人一個のはずが六個でした。
息子の分が母子で一個?
私の桃を返せ!
ソフトクリームを舐めながら何故かあの時の桃事件を思い出しました。

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雨上がりの湿った土だから草抜きがはかどりました。
が、膝をつけずにしゃがんでいるとこむら返りのようになって長くはできません。
通りがかった見知らぬ人がいちいち小まめに抜かなくても草刈機でざっと刈ったらいいと言われました。その方が楽だよと。
そんな御宅を知っています。
うちよりもっともっと広い庭で、遠目には青い芝もどきに見える庭が広がっています。
とても管理しきれないから雑草畑の上面だけ処理していると聞いたことがあります。
どっちが楽なんでしょうね。
少し前なら草刈機の燃料代がもったいないから、有無もなく地道に手で抜く手段しかありえませんでした。
いずれ、この家を捨ててコンクリートのマンションへ移りたい!
この気持ちは今もずっと変わりません。
どうせ捨てるなら苦労して芝の管理などすることないのに。
芝生用の除草剤だって、今なら買えるでしょうに。
日々、文句を言いながらも草抜きを続けている私、ちっぽけなプライドでしょうか。
私にプライドなんてあるのでしょうか?自分でも笑っちゃいます。
もっと楽な方にしたらいいと言われても、ここまで維持してきたのにもったいない気持ちが捨てられません。
義母の言う「おとうさんの建てた家」で、苦労の連続の大嫌いな家で、自分の思い通りには何一つならない恨めしい家で、年月が経ってボロボロになっていく家で、
唯一誰も立ち入らない、言い換えれば誰もやってくれない、この芝生だけが私の物のように感じます。
意に反した大きすぎる鯉のぼりと格闘したのも、外遊びへ連れて行かない息子が走り回ったのも、悔しくて辛くて泣きながら草抜きのふりをしたのも、この芝の上でした。
そう思い返すとなんだか感慨深いものがこみ上げてきます。
やっぱり私は、この家の人間ではなく外の人間なんですね。

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