大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
毎日、同じような愚痴をグダグダと書き連ね、自分の思い通りにならない境遇を嘆いている負のブログです。こんなブログに多くの方が励ましてくださり、心配して声をかけてくれ、いろんな角度からご意見をもらえて、ありがたい限りです。
いつも、本当にありがとうございます。
時に泣いてみたり怒ってみたり、つらつらと嘆き悲しみ、怒りをぶつけているのですが、現実の自分はそれほど弱くはないのかもしれません。三十年ほどの同居で鍛え上げられたのかもしれないです。
私はどうしたいのでしょうか。
考えてみると我儘の塊に思えてきました。
過去にあれだけ我慢したのだから、これからこうあるべき、こうしたい、欲望の塊です。
あと少しと言いながら我慢がきかず、うだうだ文句を言ってる私は義母とどれほどの差があるのかと、ふと考えさせられました。
相当参ってるようだから別居する手立てはないのかと心配してくださる声が、時々いただくのですが、なぜそうすることができないのか考えた時に自分のずるさが見えてきます。
今の生活より苦労したくない、今まで我慢したのだからもっと良くなって然り、そんな欲深で我儘な気持ちが優先してるのです。
「何もかも失ってでも別居したい」
そう思っていた過去がありました。
でも捨てることはできませんでした。できないものでした。
今はどうなんでしょう。
子育ても終わり、いわゆる失うものもなくなった今、別居したいのであれば相応の覚悟を持ってさえいれば出来なくもないはずです。
なぜでしょう?
今さら失いたくないから?
今以上の生活で義母だけ排除したいから?
とても欲深で我儘な自分が見えてきます。
なんだか自己嫌悪です。

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自分で決めた「少しだけでも毎日」の草抜きをしていました。
義母が出てこないか気配をうかがいつつ、これがまた厄介です。
草抜きは始めると止まらなくなります。
自分で目星をつけた範囲までやり通したいのですけど、会いたくない義母が出てくる気配があればさっと身を隠さなければならないからです。出勤時間、洗濯機が止まるまで、足腰が痛くならない程度に、あちらこちらにアンテナを張りながらの作業です。
今朝はそのアンテナが反応したにもかかわらず蔓性の草に手こずり、あとちょっとだけとその場を離れなかったために遭遇してしまいました。
目を合わさない挨拶は交わしたものの、義母のありがとうには無言を貫きました。
他人が見たら最低なのは私の方でしょう。
でもバツが悪いのは義母です。
良心の欠片が残っているのか、足掛け三年にも及ぶ私の執念深い怒りを感じているからか、義母もまたコソコソと出掛けて行きました。
またお出掛け!
でも、出掛けてくれた方が気楽なのは確かなのですが。
こんな思いまでして、多分お互いに?なんで同居してるのか...
早く別居した方がいいというご意見を時々いただき、ごもっともと感じている私です。
ですが、現状はできない、それが答えです。
まだ準備が整っていません。
悠長なことを言っていては、自分の健康すら保証できないしチャンスは遠のくばかりかもしれません。
一刻も早く別居へ。
それは私が一番望んでいることです。喉から手が出るほどに。
でも、今の私は何もかも捨てて、今までの苦労を水に流すことはできません。
昔の私に勇気があったなら、
若かった私には時間も体力も今とは全然違った意味で気力もあったはずなのにできませんでした。
でもきっと、必ず、実現してみせる!
落ち込んだり泣いたり、そして今のように奮い立ったり、浮いたり沈んだりを繰り返しながらいつかきっとこの家とおさらばしてみせる、そんな気持ちで毎日を頑張っています。

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