大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
自宅のあるここと違って秋の気配が色濃く涼しい場所から帰ってきました。
蒸し暑さが堪えます。
私が留守の間に義母の軽自動車の行き先が決まり、いよいよ我が家の車は一台になります。
下取り価格が予想以上で思わぬ収入にニヤついてしまった私です。
義母が使っていた車ですが、必死のやりくりでローンを終えたのは私ですからね。
ここにきて、思わぬ副収入があってホッとしています。
普通の人から考えたら驚くような少額でも、お財布に紙幣がなかった生活を経験しているので太っ腹の気分なんです。
大丈夫です。
無駄使いしないで返済金に回してしまうつもりです。
それと少し前に義母が車をぶつけられた際、保険屋さんから高齢者のタクシー券の情報を教えてもらいました。
なんだかんだ言いつつ、結局はマザオが走り回って申請までこぎつけたのですが、この制度は始まったばかりで知ってる人も少なく申請までが大変らしいです。
認定調査に来た役所の方や民生員の方から通院中なら介護認定を受けてみたらとも勧められたようです。ピンピンしてるので露ほども思わなかったのですが、肩が痛くて上がらないとか数年前の骨折の古傷が痛むとか、いろいろな角度から見たら調査を受けるに値するということらしいです。
マザオが主夫、私が外で働く、この今の形態ができていなかったら、私が奔走する羽目になったに違いありません。
マザオの話を聞いてもよくわからないところがあるのですが、そこは第三者的ないい加減な聞き流しで済むのがありがたいです。
いずれにせよ、義母もある程度はタクシーが割安で利用できるようになるし、車の維持費でイライラすることも無くなります。購入した金額からすれば微々たる、無いにも等しい金額でも今の私には大金です。
運が向いてきたのかもしれません。
そんな気にさせてくれる出来事が続いています。

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妊娠、出産ですら自分の思い描いてたものとは遠くかけ離れてました。
まず里帰り出産が許されなかったこと。
このことが後々まで大きく影響するのです。
複雑に絡み合った事情と義母の策略にまんまとハマった結果ですが、産前はともかく出産した退院後も義家で過ごすことになりました。
どんなに窮屈だったか、想像を超えたストレスで激太りして、すぐに激やせしました。
名付けの楽しみすら、奪われました。
息子が生まれた途端、跡取りだの将来の家長だのと言い出した義父母でした。
マザオと私が候補にと考えていた名前は全て却下され、揉めに揉めて母乳が出なくなりました。
提出期限ギリギリに納得がいかないまま名前を決めて、マザオが役所へ行きました。
「おばあさんじゃない」「お母さんと呼ばせたい」と馬鹿げた発言を繰り返してた義母も目の色を変えて子育てに首を突っ込んできたのです。
だからと言って、息子を預かったり面倒なことを引き受けたりすることはありませんでした。
決してかわいがってもらえなかったわけではないけど、私から見たら体のいいオモチャです。
だからこそ密かに思ってました。
息子は絶対に外へ羽ばたかせようって。
選択肢が増えるように大学まで進学させようって。
もちろん、本人が決めることですが、結果、二人の息子は遠く離れて自立しています。
息子の人生をこの家に埋もれさせるなんて絶対に許さない!
ずっとそう思って我慢してきて今に至ります。
振り返ると、私の子育ては自分のストレスをぶつけ怒ってばかりのひどいものでした。
反面教師かもしれません。
ああはなりたくない見本だったかもしれません。
ここに書き記されてる子育てのほんの一部は綺麗事です。
実際はひどいものでした。
ぎゃあぎゃあと怒鳴り、時にものを投げひっぱたく。留守がちなのに、たまに家にいれば怒ってばかりで世の中のお母さんのイメージには程遠い私です。
夢中でした。
もう一度、子育てをやり直せるなら...
非現実的な妄想がなぜか駆け巡ります。

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