大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
人から伝え聞いた話です。
完全同居でご主人に先立たれ、義両親と暮らしていたお嫁さんが別居することになり、その後をめぐって一悶着も二悶着もあったそうです。
最後に放たれた「人としてどうなの?」
そのセリフに戸惑いを隠せませんでした。
亡くなったご主人はお姑さんにとっては息子です。
息子に先立たれたせいか、一気に痴呆の症状が出てしまったようで、家族ではどうにも手に負えなくなっていったと聞きました。
良好な関係だった義兄弟と話し合った結果、お嫁さんをしばらく別居させようということになったそうです。
痴呆による攻撃の矛先がお嫁さんに集中していたのと、舅さんや実子の娘や息子が母親を施設へは入れたくないとの思いでそんな経過になったとか。
ところが、お嫁さんと子供達(孫)の別居から程なくして、舅さんが施設へ入れてしまったそうです。きっと、攻撃の対象だったお嫁さんがいなくなって、長年連れ添った夫へ矛先が向いたのかもしれません。
その家は高齢の舅さんの一人暮らしとなり、娘たちが交代で掃除や食事の世話に出向いていたらしいのですが、やはり大変な生活は長く続かないですよね。
お嫁さんに戻って来てほしいとなり、別居解消をお願いしたそうですが。
ここまで聞いて、私なら二度と戻らないなと思いました。
やっぱり、このお嫁さんも首を縦に振ってくれることはなく、そこのお家は荒れ放題になっていったらしいです。
それぞれの立場からの話、聞き手の立場、いろいろなシーンで考え方も捉え方も違ってくるとは思います。
でも、私が聞いた話は、戻らないお嫁さんに対して「人としてどうなの?」という非難めいたセリフでした。
人としてどうなのって、どうもこうもないでしょ!
せっかく手に入れた自由を手放して戻る人なんているんでしょうか。

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義母の妹が失明の危機だと騒いでいます。
緑内障で、すでに視力はほとんど失っているのだとか。
この叔母は穏やかで人当たりは良いのですけど、店の繁盛期に家族でやってきていつまでも帰らない厄介な人でした。サラリーマン家庭であるため休みは必然的に、我が家がてんやわんやの時になるからです。
義母は忙しくとも決して邪険にはしません。
どうぞどうぞと家に招き入れ、お茶やもちろん、挙句は夕飯まで、準備は私の役目でした。
だから、この叔母がくるとわかれば気分はどよーんとなりました。
妹がゆえに?
兄弟の中でも特に仲が良かったようで叔母はわがままも平気で言うし、義母もなんとかそれに応えようとしていました。
例えば、いつだったかとても美味しいお餅を食べ切れないほど頂いたことがあり、ちょうどやってきた叔母にもおすそ分けしたのでした。これを機に叔母がお正月はこのお餅が欲しいと言い出し、毎年、義母が購入し送っていました。
あまりに高価だったのでうちの分はありません。代金をもらっていたのかも知りません。
お餅だけじゃありません。
ゼリーやお茶、他にもいろいろ。そんなもの自分で良いと思うものを自分で買え!いつも苦々しく思っていました。
そんな叔母がぱったりと来なくなって久しいです。
店をやめる少し前だったと思います。義母から叔母は国内にとどまらず旅行三昧でいつも不在だとこぼしたことがありました。
散々に人を振り回して、自分に余裕が出たら旅行三昧だったのに今は緑内障で大変だそうです。
叔母は結婚と同時に同居し、耐えきれずに別居となったそうです。
義母から何度も聞かされました。
「あの子には新婚生活なんてなくて本当にかわいそうだった。」
はあ?どの口が言うの?といつも思ってました。
わずか数年の同居であとは自由気ままだったんだからいいじゃない、仕方ないじゃない。
そんな風に思ってしまう私がいます。

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