大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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実母の入院は突然ではありましたが、経過も良く大したことなく早々に退院予定も決まってます。
以前の手術以来、ずっと服薬してる薬の副作用によるものらしいです。
この辺りの説明は、医師もはっきりと副作用とは断言せずに曖昧な「と思われる」を繰り返します。
今では当たり前のセカンドオピニオン、現実は簡単ではありません。
いざという時にすぐ行ける範囲に大きな病院が一つしかないからです。事態はそう深刻でもなさそうで、ネットで調べてみてもやはり薬の副作用ではないかなとも思えます。
素人の私が調べたところであてにはなりませんが、とりあえずは担当医の説明と合致する情報を見つけることができましたし、しばらくは様子を見るしかなさそうです。
いざとなると、実の娘の方が色々と頼みやすいこともあるのでしょうね。
何でもかんでも私に振ってくるような気がしてなりません。
今まで親孝行らしいことを何一つできずに来てしまいましたから、いいんですけど。
こんな時くらい気持ち良く助けてあげたいと思う気持ちと...
相反して、それも私?そんなことまで私が?
そう思ったこともいくつかありました。
私だって仕事してるのに、店をやめて自由な毎日を送っていると錯覚してるのでしょうか。
実の娘だからこそ甘えてしまうこともあるのかもしれません。
これが義母だったら?
考えただけでゾッとします。
前にも一度書いたかもしれませんが、
義母が怪我をした昔、通院のお供は私でした。
松葉杖をうまく操れない義母を車へ乗せるのも一苦労、義母と二人並んで座る待ち時間の苦痛、
勘弁してくれーと毎日心の中で叫んでいました。
ようやく通院最終日、店を抜け出したマザオが同行することになり三人で病院へ向かいました。
帰りに食事をしていこうとカフェに立ち寄り、メニューを眺めていた時、
「悪いわね、食事までご馳走になって。いいの?」
「あなたたち大丈夫なの?」
衝撃でした。
介助のお礼だって食事代くらい出すだろうとのマザオの目論見は見事に外れ、義母におごる羽目になったのです。
外には華々しく交際費を振りまく義母ですが、身内にはお礼という観念がないのかもしれません。

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自治会費のことをすっかり忘れていました。
いつもは払えるか、期限までにかき集めらるかとハラハラして忘れることなど出来なかったのですが、一万二万なら捻り出せるようになったからでしょうか。
自動車税や固定資産税、事業税など大きな税金がパレードのように押し寄せてくるこの時期に次男の帰省交通費を工面してカツカツです。
次男もまた引越しと同時に休職となってしまい、諸々の大きなお金の動きが後々まで響いて再来月くらいにはやっと元どおりに修正できそうだと聞きました。話を聞いて、なるほどと納得し生活費の足しにとわずかですが三万円渡しました。
カツカツの上にさらに三万の出費...
ボーナスが入ったら必ず返すと言って受け取った次男ですが、次男には長男以上の借りがあります。
兄弟それぞれに「借り」がある情けない親です。
店がどうにも回せなくなった時期に進学した次男は次男の預貯金どころか、教育ローンという名の借金で店の資金繰りをした経緯もあり、また次男のための学資保険を全て店へ回してしまった過去もあるのです。
だから本当に大きな借金を抱えたまま、社会へ出た次男、だからこそ助けてあげたいというより恩返しをしなくてはならないのです。
たった三万、
でも私たちには大きなお金なんです。自由になるお金なんてそうそうない借金返済が中心の生活ですから。
そんなこんなのここへ来て、また実母から入院の知らせが入りました。

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