大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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寝込むほどの風邪ではありませんが、ここ数年でめっきり治りが悪くなりました。
これといった大きな症状ではなく、いつまでもぐずぐずとくすぶってる感じです。日頃から不定愁訴が出没している年代ですから仕方ないのかもしれません。
今まで健康だけが取り柄のような働き蜂の生活でしたが、振り返ると小姑たちの「風邪引いた」は年中行事だった気がします。
嫁に行ってまで、里帰りして寝込む奇怪な行動は何度も書いてきましたが、この家にいるときの看病は当然に私の仕事でした。
いい大人ですから看病というほどのことはないのかもしれませんが、毎日がいっぱいいっぱいだった私には「風邪引いた」は「ああまたか!」という程のげんなりな出来事でした。
まず、お粥信仰の義母に合わせて小姑のおかゆを用意しなければいけません。
たかが風邪くらいで、しかも若い健康な大人がちょっと風邪を引いたくらいでお粥です。それからリンゴをすりおろしてハチミツやヨーグルトをかけたものも。
リンゴ、擦り下ろさなければ食べれないほどの重病かって言いたかったです。
ただ食べたかっただけに決まってます。
ゼリーにアイス、プリンなどを買い出しに行かなくてはなりませんでした。
汗を拭きたいから蒸しタオル、枕元に冷茶、アイスノン...
どんな重病人ですかの待遇です。
今考えると本当に馬鹿馬鹿しい!
自分の娘なんだから義母の仕事でしょ!
なんで私がやらなきゃいけなかったのか、
なんで言われるがままにやっていたのか、
インフルエンザで高熱を出して寝込んでも夕飯の準備を聞かれる私が!(怒)

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涙目で奥の方がズキズキ痛みます。
疲れ目かと思ってましたが、昨日になって鼻水と咳が同時にやってきました。
そういえば、筋肉痛です。
草抜きのせいかと思ってましたけど、風邪で筋肉痛だったかもしれません。
手が掛かる子供もいないし、家事は基本マザオまかせだし、無理をせず寝込むことなく日常生活の中で直してしまいたいと思ってます。まあ無理の利かない歳になってしまいましたが。
昔はこんな頻繁に風邪などひかなかったし、身体中のあちらこちらに不調も感じませんでした。
当たり前だけど、老いを感じます。
月末にマザオの出張があります。
上げ膳据え膳がすっかり板についてしまい、自堕落な生活が定着してしまいました。
自分の中で「今までの苦労をねぎらう」という大義名分がまかり通っているのです。これくらいいいじゃないって。どんな生活になるか、目に見えています...。
食べ終わったらすぐに食器を片付けなければ気が済まなかったのに、今では空の食器を前にぼーっと過ごし、いつの間にかうたた寝をしてごはん茶碗がカピカピになるなんてことも。
食器をボロキッチンまで運ばないことで怒り狂った私がです。
子供たちが見ていたら批難轟々でしょう。
食事をしながらパソコンを開き、そのうち放置で画面はスリープ状態になってます。
店の定休日には必ず床を拭き上げていたのに、いつの間にかやらなくなっています。
浴室のカビ取り、換気扇の掃除、ワックス掛け、網戸を外して洗うこと、面倒だと思っていた家事から解放されています。
これもまた、「マザオが家のこと、私は外で働く」の大義名分を押し通しています。
何もかもが面倒くさいのです。
寒いから、
暑いから、
雨だから、
何もかもがズルの理由になってるのです。
自分がダメになっていく自覚はあるのですが、思うように体が反応しません。
ですが、この後に及んでも小姑と比べる私がいます。
風邪をひいたと言っては実家で静養する図々しさ、
子供の節句のお祝いを実家でやりたいとふざけたことをぬかす度胸、
義母と小姑、親子で口を揃え、子育て中は働けないという甘々さ、
実家のおかずを持ち去るのをやめたと思ったら、義母が弁当を届ける異常さ、
兎にも角にも、すごすぎる奴らが身近にいるので自分の怠惰な生活に免罪符となってしまってるのです。
自分でも几帳面な方だと思っていたのに、今の私はだらしなさすぎます。
心も体も老いてくのをひしひしと感じてしまいます。
早く...

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