大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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ここ数日はすっかり影を潜めた義母ですが、その息遣いが伝わってくるような嫌悪感は何でしょう?
いつまで続くかわかりませんが、私が帰宅する頃には義母は寝室へ引き上げていて電気は消えて真っ暗、いつでもお風呂へ入れる状態です。
ずっと望んでいたことなのに、何だか不気味です。
そして想像していたほど快適ではありません。確かにお風呂へすぐに入れるのは願ったり叶ったりなのですけど、義母から恩を売られているような変な感覚にとらわれます。
考えすぎ、というか単なるひねくれ者...
ここまでこじれた関係で同じ屋根の下にいること自体が窮屈でしかないのだと思います。
お仕事お疲れ様
どうぞお風呂へ入ってください
今さら言われても嫌味にしかとれません。
ずっとずっとあんたらの都合に振り回されて、その時々の思いつきで振り回されて、
立場が変わったら言い分も変わって、とにかく自分が至上。
そうだ、義母は娘である小姑らに、そして家政婦兼嫁の私にいつも言ってました。
「実家はゆっくり休むところ、わがままを言うところ」だって。
私はその実家へ帰ることも許されず、この家でみんなのお世話係として働いてきました。
厳密に言えば「許されない」のではなく、「帰れば?」と言われました。
「やることやって」の訓示付きで!
やることが多すぎて寝る間も惜しんでたのに、帰る暇などありませんでした。
やっぱりね、
私にはゆっくり休むところもわがままを言うところもないってことです。
今さらお風呂を空けたくらいで許せるはずがないのです。
むしろ、嫌悪感が増す悪循環です。

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車がないと生活できない地域です。
自宅は高台にあるのですが路線バスは通っていません。
以前は通っていたバスもだんだんと本数が減り、とうとう廃線になったようです。
スーパーも長い急坂を下りて、またその先をずっと進んだところにあります。
老後は自宅を処分して駅近マンションにでもとマザオと話していますが、実際、どうなるのでしょうか。
だって、義母はピンピンでまだまだ...、このままでは真面目な話、どっちが先か、わかりません。
賃貸にしろ、購入にしろ、高齢になったら引っ越しなんてできない可能性大ですよね。
義母は結婚した時点で舅姑になる義父の親がいませんでした。
新婚時代に住んだのは実家近くの新築アパートで、絵に描いたような新婚生活だったようです。
手狭になったアパートから引っ越した先は、またもや新築アパートで、その後、自宅を新築しています。私が嫁に来る時に大改装をし、わずか数年で今の家を建てて引っ越してきました。
義母の人生は全て新築の家にしか住んだことがないのです。
加えて、義家との人間関係がない自由で楽しい生活そのものでしょう。
そして義母は、息子を近くに置きたい、孫と一緒に暮らしたいという願望を叶えて同居へ。
家事は嫁の私に一任、一任といえば聞こえはいいけど、全部押し付けでした。
高齢で運転免許証を返上した義母は、マザオが専属運転手のごとく稼働して困った様子もありません。米や重たい買い物はマザオが代行しているようです。ゴミ出しもマザオへ丸投げです。
行きたいところへ行きたい時間に出掛け、何の不自由もなく暮らしています。
この先、高齢になった私が一人取り残されたら...。
どうやって生活していけばいいのでしょうか。
勤め先のスーパーでは、高齢のご夫婦が助け合って買い物をしていたり、娘さんなのかお嫁さんなのか付き添われて小銭を出すにも苦労してる老婦人を見掛けます。
いずれ私も同じ道をたどるはずです。
義母のように息子は近くに住んでいません。
第一、健康でいられるかもわからないし!
マザオが先でピンピンの義母が後なんてことになったら?
身の毛のよだつ話です!!

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