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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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秋とは思えない残暑から一転して寒いくらいの気候になり、お味噌汁が恋しくなりました。
ボロキッチンができて、義家族と別々に食事ができるようになってから朝はほぼパン食になりました。

私が味噌汁をめぐって何度も泣いたこと知っているせいなのか、味噌汁なんか!と怒りの暴言をマザオにぶつけたことを覚えているのか、
マザオもまた、味噌汁をあまり作りません。










職場で皆が味噌玉を作ってきてるのを見てお味噌汁が恋しくなりました。

例の世話焼きすぎる農家へ嫁いだ友達から、山のようにいただいた味噌があるので有効活用したいところです。

味噌汁を作らないからボロキッチンを使わせない!
ボロキッチンが完成し、いよいよ!という時に義母から言われたセリフです。
もっとぐちゃぐちゃといろんな嫌味が込められていましたが、簡単に言うとこんな感じでした。

私が作った味噌汁を、毎朝、飲んでたババアのセリフに心底驚きました。

子供達が朝はパンがいいというのでパン食にしたのです。
義父母のために私は味噌汁を作りました。

小姑らのお弁当まで作らされていた私は、そのうち、面倒になって、夕食が終わった後に二日分の味噌汁を作るようになりました。だしの素ではなく、出汁をとる行為が朝の忙しい時間にはとても面倒だったからです。

それなのに、作ってない呼ばわり!
家事をきちんとしないだらしない嫁呼ばわり!

数年後、小姑が嫁入り先からこちらに帰ってきていた時のことです。
「そういえば、味噌汁なんて最近飲んでない。」と言ったのです、朝はパンだからと。

義母は「若い人はそうよね。」と言ったんです。
はあ?でしょ!

また怒りがこみ上げてきてしまいました。

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自宅があるこの地域は、いわゆる住宅街です。
市内でも一番二番を競う大きな町内で世帯数も多いです。

私がお嫁に来た頃は、八百屋、豆腐屋、精肉店、写真屋、洋装店、床屋に美容院、クリーニング店、文房具屋、スーパー、園芸店、手芸店、和菓子屋、サンドイッチのお店、駄菓子屋や自転車屋もあって...

書き出していながら、私自身もびっくりしてしまいました。
どこも個人商店ながらこんなにもお店があったのです。そういえば、歯医者も整形外科も内科も薬局も徒歩圏内にありました。

長男が生まれるころに大型スーパーもできて、買い物には困らない地域だったところです。





時代の流れといえばそれまでですが、今は八百屋さんと食べ物系のお店が数店あるのみでみんな辞めてしまいました。
うちがやめたのはずっと後陣ですから、気がついたらお店も病院もなくなっていたというのが正直なところです。

大きなお店ができると、その便利さや価格の安さからそちらになびいてしまって個人店は次々となくなっていきました。地域の大型スーパーも不景気の波とともに閉店となり、その周辺にできた新しいお店も次々と閉店してしまいました。

車でどこにでも行けるので不便さは感じなかったですし、窮屈な自宅近辺より少し離れた無機質なチェーン店の方に足が向いたこともありました。

義母はいいです。
車から降りた今も、マザオが専属運転手かのように送迎係を引き受けてますし、タクシーチケットも高額の年金も持ってますから。

蛍光灯が切れたって、トイレットペーパーがなくなっても、マザオと私がいます。
庭の雑草も枝払いも関係ありません。

バス停まで徒歩五分ですが、今季の改正で朝夕三本のみとなりました。
私たち夫婦、老後はどうするんでしょうか?
自問自答です。

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