大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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空き部屋も自由に使えない、既に住人でない小姑の指図で家の中がガタガタし、とどめを刺すかのようにもう一人の小姑の出戻りが決定、ほとほと嫌気がさしました。
姉妹の一人が出戻ったのだから少しは遠慮しても良さそうなものだと思いましたが、やっぱりそんな玉ではありませんでした。
出産を控えてるわけでもないのに里帰り用の部屋は必要だと言い張り、エアコンとテレビもつけろって、要望ではなくて横暴です。
テレビなんてリビングで見ればいいのに、理解できません。
義母の「いずれあなたたちが使うんだから」と、暗に私たちが費用を出して当然と言わんばかりの屁理屈も頭にきました。
何を言おうと、普通はどうであろうと、自分たちがこうと決めたらそれが正しい義母と小姑です。
里帰り用の部屋としてテレビとエアコンが据え付けられた全く無駄な部屋が出来ました。
その後も、出戻り小姑と一緒に戻ってきた婚礼ダンスの置き場所をめぐって喧々囂々、何で当事者でないのに置き場所や処分するかどうかまで口を挟むのか。
関わらないのが一番と傍観を決め込んでいた私は「冷たい」と蔑まれ、うちのことなのに知らん顔をしてどういうつもりだと怒られたのでした。
小姑たちが嫁に出て、これから少しは私も暮らしやすくなると思っていたのに、当てが外れてますますボロキッチンへ引きこもるようになりました。
トイレさえあれば、ボロキッチンで髪も顔も洗えるし...
現代とは思えない悩みを本気でどうにかしたいと思ったものです。
揉めに揉めて、やっと落ち着いたかに思えた頃、里帰り部屋はあっけなく手放されました。
小姑の子がその部屋へ入った途端に大泣きだったのです。
どういうわけか和室へ移動するとすんなり泣き止みました。
天地がひっくり返るほど騒ぎまくって、義父やマザオとも怒鳴りあいの大ゲンカをし、用意させた里帰りの部屋はまだ物も言えない幼い小姑の子が拒絶したのです。
よくやった!
赤ん坊に、心底、褒めてあげたかったです。
私にだって意地がありますから、
その部屋はそれから何年も放置されていたのでした。
誰も部屋の話題を出さなくなってほとぼりも収まり、結局は夫婦の寝室として使うようになったのです。
こんなエアコンなんか!!
そんな思いのエアコンが不調になって、気持ちが揺れてます。
義母の常套文句「お父さんの建てた家」
「お父さんが建てて小姑が指図しまくった家」に変えたらどうですか。
もっとも住宅ローンは半分以上息子夫婦が払ったも同然で、小姑に指図する権利なんかこれっぽっちもないのです。

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前回の続きです。
私たちの占有面積はなくとも部屋数はある家です。
続き間の仏間だって仏壇以外はなーんにも置いてない、普段使わない部屋です。
そこへ布団を敷けば済む話なのに、なんでフローリングのエアコンもない部屋に固執するのか理解できませんでした。
部屋は他にもあるのに、子供部屋として使っていた息子の部屋を外からぎゃあぎゃあ指図される理不尽さが本当に嫌でした。
嫁に出た小姑がなんでまたそこを牛耳ろうとするのか、図々しいにもほどがあります。
ボロキッチンのあるワンルームはタンスも学習机も何もかもが押し込められた狭い空間でした。
夜は、その狭い空間に布団を敷き詰めるようにして親子四人で雑魚寝のような感じでした。
そんな環境でも地獄の家政婦から脱出した私にとってはパラダイスでした。
長男が小学五年の時、やっと子供部屋として一部屋使えるようになり、小さな空間に二段ベッドと学習机が二つ押し込められました。他には小姑が残していった傾いた本棚代わりのカラーボックスやベニヤがベコンベコンになったタンス、埃とダニが染み込んでいそうな絨毯にくたびれたカーテンももれなくいただきました。
片付けていけ!と苦々しい思いで処理に困っても捨てることができずに家具の配置に苦慮したことを思い出します。
大きな家に住んでいながら、息子たちが個室をもらったのは随分と成長してからなのです。
田舎の家で部屋があるのに使えない、そういう生活でした。
やっと、小姑らもいなくなってやれやれと思ったのに、嫁に出てもうるさいことこの上なく、まして離婚となったら当たり前のように舞い戻ってきたのです。
私たちには自由にならない空き部屋の一つは出戻り小姑の部屋になりました。
その上、まだ里帰り用の部屋が欲しいというもう一人の小姑と同調する義母。
義父やマザオが口を出せば、そのとばっちりはなぜか私に来る不可解さでほとほと疲れ、部屋なんか要らないと宣言するに至りました。
小姑の里帰り用の部屋を確保したことで一件落着のはずが、
テレビとエアコンを用意しろとの仰せに、当時に私は茫然自失、怒る気力もありませんでした。

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