大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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出戻り小姑とともに再び大家族の生活に舞い戻った最初の日でした。
夕飯の支度をどうする?と問いかけられました。
出戻りで小さくなるどころか、夕飯の支度まで私にやらせるつもりだったのでしょうか。
この頃、ボロキッチンはあったけれど義母の反対で夕飯までは別に出来ていませんでした。
ボロキッチン完成の日に言われた「夕飯までは別にさせない!」切口上の宣言。
義母が言うには、それまでの私の家事ぶりを見ていたが食事を別々にする資格なしとのことでした。
こんな揉め事もあって、結局、ボロキッチンが出来てからも完全に義家族の食事の支度を切り離すことが出来ませんでした。
唯一の心の拠り所ボロキッチンで夕飯を作り、義母のダイニングへ運んでいました。
夕飯の支度前に義母側から食器を持ち込み、狭いキッチンで食事に支度をし、皿に盛り付けラップをして届ける、そんな生活を何年したかしら。
出戻り小姑は便乗して夕飯にありつこうとしたのでしょうか。
真っ平御免です。
ボロキッチンの効用はやはり大きかったのです。
籠城しても水が出る、子供達の食事に困らない、環境が整ったからこそ少しずつ強くなっていった私。
食事は別々の方がお互い気楽でしょう?
私にとって一世一代の度胸を決めた発言でした。
小姑が出戻ったことで嫌ことは山ほどあったけど、三食別々になったことはとても大きな変化でした。

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会計士さんが来ることになっていました。
店をたたんで間もなく二年が経ちます。そろそろ経理はマザオに丸投げしたいところですけど、なかなかそうもうまくいきません。
けれど会計士さんの応対くらいは任せることにして、私は掃除だけ担当しました。
当日の朝、玄関に座椅子が置いてあります。
なんで?なんで座椅子!
義母の仕業に違いありません。
てっきりマザオが義母に会計士さん訪問の話をし座椅子が置かれたに違いないと思った私は、気色ばんで言いました。
「何!あの座椅子は!」
びっくり顔のマザオが義母へ確かめに行くと、掃除をしようと思って一旦廊下へ出したとか。
なんで今日?
なんで玄関のど真ん中?
だいたいが滅多にしない掃除を訪問者が来る日にぶつけて、それも室内で移動すれば済むものを廊下へ出すわけ?
いまだかつて、廊下へ物を出してまで大掃除する義母を見たことがありませんけど。
出してあったのが座椅子一脚ですから意味不明です。
昼過ぎに玄関のインターホンが鳴って義母がいそいそ出て行きました。
換気扇のフィルター交換の日だったようです。
数々の揉め事を引き起こした換気扇のフィルター交換の関わり合いもなくして二年です。
それで掃除をし出したんだと合点がいきました。
換気扇フィルターの交換は大した時間はかかりません。
そろそろ終わるだろうという時間に、義母の大きな声が聞こえてきました。
「あらー、ごめんなさいー、スリッパ出し忘れてしまって。」
ケラケラ笑ってましたけど、拭き掃除なんかしたことのないだろう義母キッチンの床にスリッパなし!担当者さんがお気の毒です。
こんな義母が若かりし頃は、きれい好きだと自分で言いふらしていたんですから口あんぐりです。

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