大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
義父母との対決
そんな場にノコノコと居座る根性は持ち合わせていませんでした。
話し合いとは名ばかりで、こき下ろされるのが分かっています。
相手の攻撃をうまくかわせずにドツボにはまることだって容易に想像出来ました。
マザオと義父母で始まった話し合い。
自室にひきこもってジッと身を堅め、マザオが戻って来るのを待ちました。
遅い夕食後に始まったその話し合いから、いつまで経ってもマザオは部屋に現れませんでした。
「ちょっと来て」
ようやくマザオが部屋に戻ってきて最初に言った言葉をハッキリ覚えています。
「無理」
私はこんな感じの返事だったと思いますが、よく覚えていません。
「言いたいことや今まで我慢してたことを全部言ってやれ!」
そのようなことを言われて、それならば!と意気込んで不満をぶちまけられる性格ならこんなことになってるわけがないでしょうに。
結局はその場に私が参加しなければ話が進まないと、
結果、
長男の嫁としての自覚がない
家業を盛り立てる気概が見られない
経理や雑用を小姑に任せっきりにして知らん顔をしてる
まあ、罵倒というには静かに冷たく言い放たれたんですがボロクソ言われました。
そこまでお気に召さないなら出て行くか、せっかく作ったボロキッチンでキッチリわけて生活するか、どっちにする?マザオの切り札でやっとボロキッチン使用の許可がおりました。
私の実家が費用負担したのに
使っていいとか悪いとか、あり得ない!
それも朝食だけ!!

にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村
PR
私の実家が費用を負担してくれたおかげでボロキッチンが出来上がりました。
あの頃の私はすでに壊れかけていて、早朝から起きているのに怖くて部屋から出ることが出来ずにメソメソ泣いていました。
それでもずっと部屋にいるわけにもいかず、トイレだって限界まで我慢していて、仕方なく着替えを済ませて抜き足差し足で部屋を出る毎日でした。
義父母のみそ汁と小姑のお弁当を作るために!
みそ汁もまともに作らない人にマザオを任せられないってことでしょうか。
「食事を別にするなんて許さないよ!」と啖呵を切った義母でした。
みそ汁作ってるけど!
義母の言うみそ汁とはなんなのでしょう?
具が多過ぎて汁物の形状でないようなみそ汁ですかね?
豆腐のことを「トフ」というババアには豆腐が入ってなければみそ汁でないのかもしれないです。
私がつわりで小姑のお弁当を休んだときも大きな声で材料がないからお弁当が作れないと喚いて怒りまくった義母です。(ちなみに、食材はあるの弁当も作れないヤツです!)
難癖なんか朝飯前でしょう。
とにかく、私の健康までおかしくなって来たのが原因で二世帯へ改装することになり、その費用は私の実家が全額負担したボロキッチンを、義母にどうこう言われる筋合いはありません。
でも、なにひとつ反論できず怖くて縮み上がって聞こえない振りをして家事に没頭するしかありませんでした。
夜遅くに帰宅したマザオに飛びつかんばかりに報告した私は緊張が解けたのか涙が止まりませんでした。
その夜は義父母とマザオと私の四人で徹夜の話し合いとなりました。

にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村