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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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「子供のために」
そう言えば体裁が繕えるでしょうか。

結婚を機に退社してしまった私に収入はなく、再就職するにしてもマザオ同様に困難が目に見えるようでした。

この頃はまだ、小姑が結婚し家を出て義父母も年を重ね...時間の経が自分の居心地を変えてくれるかもしれないという希望もあって、離婚決行とはなりませんでした。










確かに、若いマザオには頼りない部分があったかもしれません。
義家族と私との間をうまく取り持てない事実も存在しました。ただ、こればっかりはどう表現したらいいのかわかりませんが、どのみち揉めたんだと思います。

うまく取り持てる人ばかりだったら「嫁姑問題」はこんなにも多く存在しないでしょうから。

マザオが私の肩を持って何か行動を起こせば、不在時の義母がこわくて私は部屋からでられなくなりました。


店に長時間縛られるマザオが帰宅するまで部屋に閉じこもるなんて土台無理な話です。
私自身がこの家で、なるべく波風を立てないよう暮らすのはこういう理由でした。


当たらず障らずが一番平穏だったから!

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このブログでは、同居における日常のあれこれを書いています。愚痴であったり、怒りであったり、後悔であったり、それはその時々の出来事や感情の赴くままに書いています。

感情や背景を文章だけで表現することの難しさを実感しています。

また、世代間や個々の観念の違いから、誤解が生じたり意図が伝わらなかったりすることもあるようですね。

お風呂に入るだけでどうして?
前の記事で、私の葛藤を不思議に思われた方もいらっしゃって、当たり前だと思います。分からない人にはどう説明してもわからないのかもしれません。

そこをわかってもらうにはどんな書き方をすればいいのでしょうね。
というより、わかってもらおうと思って書いてるわけではないので私には書けそうも無いです。このブログは、同居の憂さ晴らしと今後の自分が描いた明るい未来へ向かって突き進もうともがいている現状を綴っています。

書く事でストレスを発散してます。
コメントで元気をもらって、またがんばろう!と思っています。(いろんな人がいますけど、それもそれなりに楽しませてもらってますのでご心配なく。)
みなさん、ありがとうございます。

ところで、マザオの登場が少ないようなので少々書いてみたいと思います。
私的には全然、面白味がない話なんですが。












最近、なんとなく部屋が小綺麗です。
店をやっていた頃は定休日にしか掃除まで手が回らず、サッシの桟やカーテンレールの上の埃、壁などは年に何回やるかレベルでした。

マザオが大掃除を始めたようです。
私がなんとなく感じてたキレイさは、目立たないけど埃の温床になっているところが少しずつ掃除されていたからでした。

やったー!今年は大掃除しなくていいかも!
ありがたいことです。

徐々に家事の範疇を広げてくれています。布団干しもやってくれるし、献立は私よりバラエティでで美味しいです。
家政婦だった若かりし頃には想像もつかない楽園ですね。


こんなマザオですが、私もあまりの不遇な境遇で離婚したいと思った時もありました。
それはマザオが嫌いなわけでも頼りないわけでもなく、この境遇から抜け出したい!の一心でした。

家業を継いだマザオの収入口は当たり前ですが店一本で、それも義家族の手中でした。
どんなに働いてもどんなに頑張っても、家族全員で分け合う収入の割り振りはマザオでも私でもありませんでした。

私が同居解消を願った時、マザオの考えた事は「給料」だったと思います。
家業に従事したままでは、アパートを借りて別居生活を送る事は到底出来ませんでした。

家業を捨てるということは、すなわち「親を捨てる」に近いことだと思います。
継いで間もない頃ならいざ知らず、仕事自体はすでにマザオなしでは成り立たなかったのです。

それにどこかへ就職しようにも、当時の求人は大卒偏重の傾向があり高卒のマザオが好条件で就職出来る会社が簡単に見つかりそうにありませんでした。

たぶん、どんなに貧乏でもいいからと私が泣いてお願いすれば?
もしくは、あの時に飛び出してしまえば?
マザオは別居に踏み切ったかもしれません。

私たち夫婦が高卒がゆえに苦悩があるのだとしたら、子供には大学まで行ってもらいたい、まだこの世に存在しない我が子に夢を馳せたのは私です。

あの頃、私の実家は父の闘病で母のパート代だけで暮らしていました。
発病したのは私が高三の時です。大学進学のつもりが断念することになりました。通っていた高校で就職した同級生は何人いたでしょうか。
不覚にも貧乏な実家を恨めしく思い、進学出来なかったことをずっと悔やんでいました。
だから余計に子供への期待が大きかったのかもしれません。

反面、余命宣告された実父を思うと心配は掛けられないと実家へ逃げ帰ることも出来ず、まして離婚後に頼る事など考えられませんでした。

女手一つでどこまで出来るのか、真剣に考えたこともありました。


私さえ我慢すれば!
時間が解決してくれる!
私の答えでした。

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