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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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店をやめて自分の時間が増えました。
絶対的に労働時間が少ないですから。
増えた時間でブログを書けると思っていたらグーグー寝てしまう自分なのでした。(苦笑)


人並み以上の睡眠時間がしっかり取れます。
それでこんなに早起になりました。外は真っ暗です。


元々、大きかった義母の声は最近、ますます大きくなって来ています。
80近いので、耳が遠くなってきているのかもしれません。

時々、外に漏れ響くテレビの音が街宣車のように騒がしいときがあってびっくりします。
それがテレビならまだしも、講話でしょうか?
良い話だったから録音したというカセットテープ?を大音量で流しているので、怪しい宗教施設のようでものすごく嫌です。











どこから持って来て、どなたが録音しているのか知りませんが、今時カセットテープ...
関わりたくないので聞いてませんけどね。

そんな義母は、電話も毎日のようにしています。
私も以前と違い、自宅にいる時間が増えて義母の行動が嫌でも目に入って来ます。目に入らなくとも耳から電話している義母の声が丸聞こえです。

完全同居型の家を途中で簡易二世帯にリフォームしたのでボロキッチンは一階です。二階へ付けて義家族と少しでも距離を置きたかったのですが、当時は小姑らが2階が居たことと費用が跳ね上がることで一階にしました。

そのため、廊下を挟んで向かい合わせに部屋があります。

お互いのドアを閉め、廊下を挟んでも、なお聞こえて来る電話の話し声!
大き過ぎるでしょ!!
夏など、窓から庭に抜けた声が私たちの部屋の窓から聞こえて来る事もあります。


昨日、漏れ聞こえて来た話は孫自慢でした。
義母は「孫」のことを「うちの子」と言います。もちろん娘の子です。

よく知りもしない外孫の学校自慢でした。

先生がステキ
自由な校風
うちの子は勉強が苦にならない
楽しく通ってる

などなど。
娘(小姑)から聞いた話を言ってると思うのですが、どう聞いてもまるで自分が見聞きしたかのように話してます。

フーン...
小姑から合格の連絡を受けたときも舞い上がった義母は、マザオと私のところへ「ものすごい難しい学校に受かったんだって!」と報告して来ました。

校名を聞いたら滅多に受からない難しい学校ですって!!
なんじゃそりゃ..

もうひとりの小姑の子も「難しい学校」へ入学したと聞きました。

実際、難しい学校かも?ですが、それは当人達の頑張りと盛大に塾へ通えた受験環境もあっての話です。

本当の「うちの子」、つまり義母にとって内孫の長男と次男はろくに塾へも通えませんでした。大学受験だろうが、センター試験前だろうが、お構いなしにホームパーティーが開かれてドンチャン騒ぎしてくれたことは絶対に忘れません。


長男が浪人の末、難関私大へ合格したのに「それってどんな学校?」「まあ、どこへ行っても一緒だから」と意味深な慰めをしていただきました。

当時、センター試験で失敗し、国立大は志望校を変更したので私大が第一希望になりました。だから「おめでとう」だったんです。

交際費が派手な義母、なにかにつけて万単位の義母から貰った入学祝い1万円。

そういえば、高校入学の時のお祝いは仕出し弁当でした。
義父の闘病で振り回されてインフルエンザで受験を迎えた長男は高校受験も失敗したから致し方ない?


話が脱線してしまいました。
孫自慢は枚挙に暇がないですが、それは義母にとって「うちの子」だけ限定の話なのです。

それにしても別室での電話がここまで筒抜けってどうよ!?


誰か、

「内孫」と「外孫」って言葉を


教えてやって!!


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小姑がまだ嫁に行く前は歳が近いこともあり、連れ立って買物へ行ったりランチしたりしたことがありました。

表面上はうまくやってるように見えたでしょうが、私の心の中は不満だらけでした。

その理由のひとつに、外で働いたことのない小姑が買物やランチのお金に困ることはないというのがありました。

私は家事全般をこなし、昼間は店へ出て、毎日が必死で時間も気持ちもお金も余裕など全くないのに対して、経理とは名ばかりの事務員小姑が優雅にみえて仕方なかったのです。

買えないショッピングに出たって楽しいわけがありません。
疲れて帰れば、昼を留守にした家事のしわ寄せが待ってました。









小姑が、時々、デパ地下のお惣菜やハンバーガーが食べたいなどと言ってお金を出してくれることがありました。ですが、そのお金は店の売上金では?

つまり、マザオや私の労働力も提供されてのお金です。
なのに、なぜ頭をさげなきゃいけないのですか?
ありがとうはこっちが言ってもらってもいいのではないですか?

確かに小姑も経理担当の名目で事務を担っていましたが、1日何時間働いてたでしょうか。

「いつも一生懸命働いてくれてありがとう、お惣菜買わせてもらうね。」
こんな風に言ってもらわなくても空気だけかもし出してくれれば、気持ちも受け止め方も全然ちがうんですけどね。

別に小姑が御礼を強要しているわけではありませんでした。
でも、何かを購入する時に支払いをしてもらったら、人として「ありがとう」って言いません?

それが、本来自分たちのお金であろうが、家族皆のおかずであろうが、
「私が払うから買っていこう」と言われたら「ありがとう」と言いますよね。

とはいえ、私は昔も今もお金を持ってないので自力でデパ地下のお惣菜を購入することなど無縁です。ですから、たまのデパ地下お惣菜は楽しみでないといえば嘘になります。ここがモヤモヤ悔しいところでした。

でもって、購入したそれらが晩ご飯になると義母が言うのでした。
「自分の時は這ってでも作った!」


ローヤルゼリーの朝食だった人が

よく言うわっ!!


しかも決定権はアナタのお嬢様でございます。


※ 「お金が無いからおかずが買えないとローヤルゼリーを朝食代わりにした義母の話」をどこかに書いたはずですが、過去記事が見つけられませんでした。すみません

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