大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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両腕が鉛のように重くて痛いです。
寝相が悪かったのか、仕事で腕を酷使したのか、原因はなんだろう。
あ、孫を抱っこしたからでした。
マザオも身体中あちこち痛いと言い出し、そうだ!と思い当たったわけです。
わずか数日の滞在で四六時中抱っこしたわけでもないのに、カラダは嘘をつきませんね。
苦笑いです。
楽しい時間を過ごしました。
コップを持って自分で白湯を飲めるようになったり、伝い歩きの一歩を踏み出したり
日々成長する姿を見せてくれました。
息子の小さい頃のこと、どんなだったか、忘れてしまってまったく思い出せませんでした。
忘れてしまうのが普通なのか、
私の記憶力が弱いのか、
家事に追われた同居のストレスのせいか、
わかりません。
思い出せるのは、
断乳や離乳食で批判されないように必死だったこと
トイレトレーニング中も床にお漏らしをさせないよう目の色を変えていたこと
とにかく義母の目を気にしてピリピリ神経を張り詰めていたことばかりです。

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最近気付いたのですが、ヤフーのトップページに義母や義実家との確執の記事が載っています。
ついつい見てしまって時間が過ぎていきます。
世の中には本当にいろいろな人がいるのだと改めて思いました。
うちの義母がまだまだ普通の人に感じてきました。
でも、名付けに口出しして揉めた記事を読んでうちのほうがひどいと思いました。
長男が生まれた時、突然に名前は義父がつけると言い出して二週間の大バトルが始まったのです。
マザオと私が考えていた名前はことごとく却下されました。
最初は義父をなだめていた義母も次第に義父と一緒になってこちらの名前候補をことごとく拒み、出生届の二週間が迫ってきていました。
さすがに小姑も私の味方に立ってくれましたが意固地になったのか、全く聞く耳を持たず揉めに揉めたのでした。
最終的にはマザオが強行突破の形で出生届を出しに行ったのですが、私が心から納得する名前ではありませんでした。
第一子の名付けをできなかったことを心底恨んでます。

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