忍者ブログ

大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

HOME • Admin • Write • Comment
小姑の子供はまだ小学生。
てか、私から言わせれば「もう小学生!」

授業参観会の日にPTAの懇談会もありますよね?
少しだけ早く帰る子供達、お留守番できませんか?



近いようで近くないぎりぎり日帰り出来る絶妙な距離へ行った小姑はともかくとして、
同じ市内に住んでいた小姑は、ことあるごとに子供を預けに来ました。

小姑の上の子が幼稚園のプールへ行くからという理由で夏休みは毎日2才下の次女を預けに来たんです。
一緒に連れてけよ!!

こっちは商売屋で忙しいのに!
専業主婦でまったり暮らしてるアンタの子供でしょーが!

しかも、極度のロハス志向?
はあ?ってことが多過ぎるような、間違った方向へ突っ走って迷走してる感じ。

真夏なのに長袖フードを被せて手袋まで。
色黒の小姑じゃありません。
小姑の幼い子供達がです。もちろん長ズボンですね!

だから下の子を一緒に連れて行ってプールサイドで遊ばせるなんて発想はないわけです。

異常だと思いません?

他にも、

小姑の家庭に電子レンジがありません。
マイクロ波がカラダに悪いから?

それじゃあ聞きますけど、
お宅の炊飯器はIHじゃなかったですかね?
まだ幼い子供に自分の携帯を四六時中触らせてるけど、電磁波はいいんですか?

ムシ歯になるという理由で、お菓子は小姑厳選の物のみ。
以前、法事でお寺に集まった時、お盆に山盛りのお菓子を出していただきました。

小姑の子供はブルドーザーのように抱え込み必死のまなざし。口はリスのように膨らんでおかしでいっぱい。子供ながらに今なら食べても叱られないとでも思ったのでしょうか。微笑ましいを通り越して痛々しかったです。
さすがの義母も「どういう育て方してるの!」と怒ってました。子供がかわいそう。

そうそう、どこかへお出掛けした時は必ず、実家で食事をとらなければならない掟があるようでした。

「いつもごめんね。これ食べて」と子供が食べ残したみたらし団子をいただいたことも!
串が何本かでなくて、串から団子が数個なくなってる「食べかけ」です。

こんな迷惑な人、遠い国へ行ってホント良かった。

すみません。
思い出してたらどんどん暴走してしまいましたー。

そんな小姑、子供が出来るまで共稼ぎでした。
仕事の帰りに実家へ寄ってご飯を済ませ、めぼしいおかずをかっさらって行きました。


当時、私は幼稚園児と乳飲み子を抱え毎日目の回るような忙しさの中、結婚した小姑の晩ご飯まで?

小姑の毎度のセリフが、


「いいなあー、専業主婦は。」

「共働きより絶対楽!」

・・・・・!!(激怒)

にほんブログ村 家族ブログへ

にほんブログ村にほんブログ村 家族ブログ 舅・姑・小姑へ
にほんブログ村 その他生活ブログ 貧乏・生活苦へ




人気ブログランキングへ

PR
マザオが私の異変に気づいたのは、私の友達が乗り込んで来る少し前のことでした。

この頃のことはいずれまた書くつもりでいますが、
私の様子があまりにも変で心配した友達がご主人の出張のたびに私を友人宅へ泊まらせてくれたのでした。

お泊まり会と称して、子供を理由にアパートに泊まりにおいでって・・・
例え一時でも同居の苦しみから逃れられるこのお泊まり会は嬉しかった!楽しかった!!

今ほど「うつ」というものが世間的に認知されていなかったんですが、あの頃の私の症状は鬱ではなかったのかなと思います。あまり自覚がないのですが、聞けば聞くほど変人でした。

今の私なら、友人として交流を断ちたいような振る舞いをしていたんではないかと思います。
本当に恥ずかしいです。
そんな私に命の水をくれた友人には感謝しきれません。




「このままでいいわけないの分かるよね?どうするつもりなの?!」

私の友人が強い口調で詰め寄った時、

「どうしようもない」と、困惑して答えたマザオ。
今ならなんとかしたくてもどうにも出来ないって事がわかるんですけど、この一言に絶望しました。

この時、私、布団に寝転がってたんですよ!
具合が悪いとか、そういう時間帯だったとかでなく。普通じゃ考えられません。

寝転がってたのは覚えてるんですけど、あとはあんまり記憶にありません。


とにかく、どんどん変人になっていった私。
どんどん変わっていく姿に黙っていられなかったと友達は言いました。


買物に出て家に帰ろうとすると動悸がして呼吸が浅くなって、どうしても家につながる道へ曲がることができませんでした。ガソリンがなくなるまで自宅周辺を走り続ける・・・

一度、ガス欠を起こしてマザオに泣きながら救援電話をしたことがありました。
いい歳の大人がです。

携帯電話なんてありませんから公衆電話まで歩いていって電話したんですけど、今度は鍵を閉じ込めてしまいました。
子供を乗せたままです。「イカレてる」そんな表現がぴったりな・・・

うっかりでは済まないようなことも、少し考えれば自分で対処出来ることも、数えきれない程やらかしました。よく覚えてないけど、たぶん相当に。

過食にも走りました。
家では、精神的に自由に食べられなかったんです。
自室の押し入れにお菓子やパンを隠し入れて貪り食う。今なら、むさぼるという表現がぴったりな見苦しい姿を想像出来ます。

意地汚いので戻したりしません。
だいたいがトイレへ行くのも自室のドアに耳をあて、廊下に人の気配がないか確かめてからそーっとドアをあけ急いでトイレにこもる、そんな状態でしたから。

それでも全然太らないのが不思議でした。

まあ、あの頃の反動が今出てるんですけど。(??)
いえいえ、今では図太くなって神経も体重もすり減らなくなりました。(笑)


マザオが衝撃を受けた私の行動のひとつに、ほぼ満席の電車の中で手づかみでケーキを食べたことに仰天したらしいです。

うそー!?
覚えてません。

ご先祖様病(これもまた書きますね)の義母の提案というか命令というか、私の実父の実家のお墓参りへ行った帰り、買ったお土産のケーキを「今食べたい」と言って・・・

言われてみれば、やった記憶があるようなないような・・・


もうあの頃のことは思い出したくない!

でも思い出さないと戦えない矛盾した私の気持ち!

今にみてろ!!

にほんブログ村 家族ブログへ

にほんブログ村にほんブログ村 家族ブログ 舅・姑・小姑へにほんブログ村 その他生活ブログ 貧乏・生活苦へ





人気ブログランキングへ

Copyright ©  -- 大きな家のボロキッチン --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]