大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
他の方の嫁姑ブログを読んでいて、思い出しました。
それにしても、同居ってこんなに問題が多いのになぜ姑世代は同居したがるのでしょうか。
私たち同居嫁に聞くとまず同居を望んでいません、それは親世代とも子世代とも。
姑世代だって同居で苦しんだ人はたくさんいるはずです。
別居の人だってそんな話を見聞きしていると思うんですけど、なぜ?
経済的問題だとしても、後々出て行くパターンだって多いですよね。
不思議です。
不思議といえば、私がなぜ別居に踏み切らなかったか疑問に思う方も多々いるようですね。
それは自営業だったからです。
嫁に来たときから、お金の管理は外へ出ず家にはびこっていた小姑がすべて管理していたからです。
とても別居して暮らせるお給料ではありませんでした。
私は結婚前に働いていた会社はやめてしまったし、店を手伝うことになっていたので外へは出れませんでした。
もし、実家が健在だったら逃げ帰っていたかもしれないですね。
実父が病に倒れ余命宣告された中、パートの実母が仕事を掛け持ちして、実家も大変なときでした。私が出戻る事で心配や迷惑を掛けたくなかったんです。
マザオも私も高卒です。
結婚して数年後、生活が苦しく自営脱却を密かに試みたことがありました。
ここはどうだろうと思える仕事はすべて大卒者を希望していました。
だから、まだ幼かったけど子供達には大学へ進学して選択肢を広げさせてあげたいと思っていました。
となれば、なおのこと別居は出来ませんでした。
大学資金を貯めなくちゃ!
もしも本人が進学を希望しなくてもまとまったお金が要らないなんてことはあるはずがないですもんね。
結果、自転車操業の店につぎ込む形でなくなってしまい、子供達には奨学金、私たちには教育ローンという大きな借金が出来たのですが。
でもいいんです。(良くはないけど)
今から挽回するんです。
子供達の奨学金も私たち夫婦が返済してあげたい!
こんな私を、財産狙いの嫁ではないかと義母へ忠告した人がいたようです。
「私はそんなこと思ってないから」
これ、当時の義母のドヤ顔発言です。
面と向かって言われました。

にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村
PR
実母が入院した事を義母へは伝えません。
騒ぐだけでうるさいから。
もし伝えたなら、一応は心配してくれます。
そういうところはいじわるな性格ではありませんが、天然というか、理解出来ない言動をするのが義母です。
過去のいろんなことを必ず思い出して嫌な気持ちになります。
それは必ずお金が絡んでいます。
なんでもかんでも計算するものではない、とわかっています。
私の実家で冠婚葬祭があると、義母は必ず聞きます。
「いくら出せばいいの?」
普通はそんなこと聞かないと思います。
それとも身内ではざっくばらんに聞くものですか。
それは私の兄弟の結婚の時もそうでした。
自分の娘の結婚した時に、私の実家が出したお祝いと同じくらいでいいではないですか。
でも、私の本音は違います。
小姑ふたりともが離婚して再婚しています。
四回もお祝い金を渡しています。
その金額から考えて決めたらいいのではないですか。
実家へのお祝い金を、執拗に「いくら出せば良いの?」と聞かれてもどう答えていいのかわかりません。
当時の私は心身共にぼろぼろで、どんなに辛くても黙って従うのが一番得策だと思い込んでたのです。そんな私にいくら欲しいと聞かれても答えに窮するだけです。
気持ちだけで結構です、こんなようなことを言ったと思います。
怒り出した義母は「ちゃんと言わなきゃわからないじゃない!」、怒り出しました。
一緒でいいんじゃないですか?
そんな風に答えたと思います。
私は小姑の再婚時のお祝いに実家が五万円用意したことを知っていましたが、初婚の時にはその倍でした。
義家からのお祝いは五万円でした。
なにかにつけてこの調子ですから嫌になります。
ケチケチばばあとはお金の話はしたくありません。
実母だって入院してるところへ義母がのこのこ来たらおちおち寝てもいられないでしょう。
だから言いません。
今なら「いくら?」と聞かれたら
三十万ならおあいこ!
一回につきというなら十五万円でどうでしょうか?
言ってみたい気がします。

にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村