大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
我慢だらけの人生ですが、今ももぞもぞと我慢中です。
トイレへ行こうと思ったら義母の気配を察して踏みとどまりました。
実際には気配だけで義母の部屋からは出ていなかったようなのですが、その雰囲気に耐えられず様子見してました。
結果、先ほど、義母は廊下へ出て来ました。
トイレへ行くチャンスを失いました。
バカバカしいけど、これが現実です。
行こうと思った時にさっさと行ってしまえば良かったのに、昨夜のこともあって警戒してました。
なんてタイミングが悪いんでしょう!
何をしているのか、廊下から動く気配がありません。
こうなるとイライラと怒りがない交ぜになって、余計にメンタルがやられます。
お風呂は時間だけの我慢ですが、トイレは生理現象の我慢です。
いい歳したおばさんが小さな子供のようにもぞもぞして何やってるんだか!
情けないです。
こうして馬鹿げた無駄な時間がどんどん過ぎて行きます。
悔しくて悲しいー


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昨日、仕事から帰ると玄関灯がついていました。
電気代までもを滞納していた頃の習慣で、普段は誰かが来るとわかっていなければ点灯しません。
前々から思っていたのですけど、
マザオ不在中で私が遅くに帰宅するときに限って玄関灯をつけいることが多い気がします。
義母は昔から「良いことをすれば必ず自分に返ってくる」などと、まるで悟りを開いたかのような、性善説のような考えをひけらかす人でした。
本来はとても素晴らしいことだとわかっていても、義母から発せられるそれらには嫌悪しか感じません。
だから、玄関灯も「どういうつもりだ!」とイライラマックスになるのです。
義母を遠ざけた暮らしの中でマザオ不在はとても不便です。
ボロキッチンの中でひっそりと過ごすには不自由ありませんが、ここにはトイレもお風呂もありません。
ここ数日、先にお風呂に入ると義母が声を掛けるようになりました。
こんなこと今の今までなかったことです。
それにもう何年も真っ当に口を利いていません。
仲間内か、義母のさらなる人生の先輩か、嫁姑の話が出て、何か言われたのかもしれないと思ってます。自分から心を開いて関係を修復...、こんなことは義母ならあり得ます。
マザオがいると私は返事もしなければ応対もしません。
今や義母のことは主夫となったマザオが面倒を見ています。送り迎えも買い物の補助も何もかも...
私にとって義母はアレルギー物質になったのです。
表面上は波風立たせず、それなりにうまくやってきたはずが、あの時、義母の言動でブッツリ途切れました。
ここまでこじれて?
今さら何ですか!
媚を売っってるような言動に虫酸が走ります。


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