大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
会社の仲良しと少しだけ遠出して花見へ行きました。
花見なんて、何年ぶりでしょうか。今までそんな余裕ありませんでしたから。
自宅近くにも花見にかっこうの場所があります。
たくさんの人がウォーキングやジョギングに来ていてこの季節は特に賑やかですが、私は通りすがりに「あ、咲いたな」と思うだけでした。
若い頃は、わざわざ花見へ行くなんて会社のお付き合い程度でしたし、結婚してからはブログに書いた通りの生活で子供をお散歩へ連れて行くとか、公園で遊ばせるなんてほぼゼロの世界でしたから。
男の子なのに外遊びをほとんどさせない、というより連れて行ってあげられなかったことを今さらに申し訳なく思ってます。
毎日の決まった家事と時間通りの食事の支度に必死でしたから、子育てが二の次になってました。
気持ちにも、時間的にも、余裕がなかったんです。
花見へ行って、そんなことを考えるなんてどうかしてますね。
もっと明るい気分になれないものかしら?、自分でも呆れます。
それでも、ここまで来たんだ!などと道半ばでありながら感慨深く散りはじめた桜を見上げました。
同僚とのおしゃべりは仕事への不満や社内の人間関係あれこれ、尽きる事はありません。
ですが、そんな愚痴話も今までの私の生活と比べたら然したる不満でもないのです。
比べる基準がおかしいのでそんなことは口に出しませんが、私自身は今の仕事が楽しくて負担にも思っていません。
現にこのお休みに花見なんぞへフラフラと出歩いて帰宅時間や食事の支度の心配も無く遊び歩けることが嬉しくて!
経済的不安は尽きませんが、まずは第一歩?
自由を取り戻すための反撃開始後、初めて春らしい春を迎えた気がしています。
でも、桜をみると切なかったりもします。
悲しくて悔しい思い出いっぱいだから、
あのババアのせいで!

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いつまでも決まらない契約の先行きにさすがの義母も危機感が出たのでしょうか。
そんな風に考えられる人ではないですが、どうやらわずかばかりのお金を出してきたようです。
今さら!
そんな気持ちでマザオの「助かるね」の台詞を聞きました。私は返事どころか頷きもせず一瞥しただけです。
一雨ごとに若葉の緑が濃くなって、庭の雑草も勢いよく侵食してきます。
あの草抜きと庭木の枝払いから始まった義母とのバトル...、そして冷戦。未だにまともな口を利いていません。
草抜きをするたびにムカムカして、あの時のことを思い出さずにはいられません。
同じ屋根の下に住みながら、私は義母の影を常に確認しながら過ごしています。
顔も見たくないから。余分な口は利きたくないから。
あのバトル以来、嫁姑の確執は表面化しています。
結婚してからずっと泣かされ続けて恨み辛みはあったけど、怖くて反撃など考えたことはありませんでした。
胸中でくすぶるいろんな思いはいつもひっそりと涙で流しました。流したつもりでもなくなりませんけど。
小姑らの結婚、義父の他界と義母の包囲網が薄くなるとともに私も強くなっていきました。
草抜きのバトルはタイミングのよいきっかけだったのかもしれません。
あれ以来、義母の態度に変化が見えます。ほんの少しだけど、弱くなった気がします。
私は度胸がつきました。
なにも悪い事をしてないのに何をビクビクして言いなりにならなくちゃいけないんだ!と。
でも、やっぱり心のどこかで恐れを併せ持ってたりしますが、以前の私とは比べようもないのです。
昔から、店に対する意欲がないとか、気持ちがどうだとか、やたらといちゃもんをつけられてきましたが、その店はもうありません。
この家でお給料を取って来るのは私だけです。
「働いてる人が一番」、義母が常々、私に吐いた言葉です。私だって当時から十分過ぎるほど働いてましたけどね。今の方がよほど楽ですけど。
今日は草抜きをしながら、義母がまたしてもどこからか持って来た植木鉢を全部ひっくり返して物置へ片付けました。
自分で管理しないから悪いんですよね。
もう植木は置くなと言いましたよね。
義母の領域は自ら芝生を剥がして作った雑草だらけ花壇だけです。
自由にはさせない!
自業自得だ!!

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