大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
たくさんの応援コメントに励まされています。
毎度のことながら遅れているコメントへのお返事、申し訳ありません。
マンション見学が趣味になりそうです。(笑)
最初に行ったマンション会社の系列マンションの見学予約でギフト券がもらえるとDMが’届きました。
こうなったら行けるところは中古でもなんでも行ってみようか、そんな話になりました。
会社によって仕様が違うのは当たり前ですけど、雰囲気もコンセプトも別物ですね。
まだ数件見ただけですが、見学をしながらなんだか小姑に振り回されてるのがバカバカしく感じられてきました。
どなたかがおっしゃっていたように、まずは義母が入所しなければ何も始まりませんし。
今まで、ずっとやれることはやってきたんだから。
完璧ではないでしょうけど、義母や小姑らには理解できないような我慢と苦労をしてきたんだからもっと堂々としていよう、そんな風に思えた日でした。
もしも小姑らからマイナスなことを言われたり、意見という文句を聞いたなら、実際には何もできずに黙り込んでしまうと思うものの内弁慶の強がりが幅を利かせています。
知人からこの家を売らずに貸したらどうだと提案されました。
行き詰まったら売ればいいと。
それもひとつの方法かなと色々調べていますが、なかなか...
マンションも立地が良ければ価格が高い、間取りや価格が手ごろでも生活環境が今ひとつ、
と思うような物件には巡り会えていません。
この田舎ですから、数も少ないし仕方ないですね。
でもマンション巡りがなんだか楽しくなってきました。
どうせすぐには実現できないなら楽しみながらゆっくり進もうと思えました。

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どうしたことか、マザオの方が熱心です。
買いたい病かもしれません。
親子ローンで建てた家とはいっても間取りや壁紙ひとつ取っても家族協議でした。
「自分の家を建てる」感覚がないまま、ずっとずっと「おとうさんの建てた家」と言われ続けてきたのです。
ここに来て、マンション購入=にわか家長意識でしょうか。(笑)
どうせなら家具家電は新調したいとか、角部屋が良いかなとか、実現はすぐそこにあるかのような盛り上がりっぷりです。
ある意味、ありがたいことでもありますが、何処と無く現実味がなくて
小姑らの茶々が入ったことで気持ちはここにあらずといった感じです。
義父が亡くなった時、どこの家で起こりうる遺産分け問題がありました。
大した財産もなく、遺産分けというほどのものもない極々普通のうちでしたし、もっと昔には遺産分けで揉めるサスペンスドラマを見ては絵空事に感じていました。
実際には店と自宅の不動産があり、ほんのわずかな保険金や証券などもあって、さてどうするかという話になりました。
まずもって店の営業を続けなければ生活が成り立ちませんし、自宅は義母ともに生活の場ですからマザオが相続したのです。
マザオが不動産を相続する代わりに現金等はすべて小姑たちが。
法律に則ってと主張するならば、目もくらむ金額の借金も同率で相続してもらいたいところですが、この時は「店と借金はセット」として当たり前に私たちが請け負っています。
言葉にこそしませんでしたが釈然としませんでした。
借金に苦しみ、生活必需品にも事欠いて、学校へ納めるお金も滞納するような辛酸を舐めて来ました。息子たちにも随分と負担をかけてきたのです。
マザオの考えは、後腐れがないように、後からゴタゴタ言われないようにと、そして将来的に息子たちの財産になるのだから自分たちが踏ん張るしかないと。
まだまだ遠い先ではあるものの、まったく見えなかった出口が「ある」と確信できたのはつい最近のことです。
苦しみながら自営業脱却の道を探り、想定通りに進まずカードローンで凌ぐという一歩間違えたらすべてが台無しの危ない橋も渡りました。
ブログにお金がない、義母が嫌い、と愚痴を書き綴りながら、もがき喘いで、やっと今なのです。
「実家を売るなんて」
そんなに極悪非道なことでしょうか。
私たちが途中でギブアップして借金の返済を諦めていたらとうに無くなっていたはずです。
出口が見え始めた今になって、まるで共同体で守り続けたようなことを言われても納得できるはずがありません。
しょげていた気持ちがだんだん怒りに変わって、絶縁だっていいじゃない!
むしろ縁が切れたらこれ幸い!
簡単なことでないのはわかっています、現実的でないのも。
ああ、面倒!!
親戚なんて本当に面倒です。

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