大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
息子の彼女さんから贈り物が届いたことで、思いがけない心配が湧き出た自分に驚いてます。
引っ越しと同時に休職となり収入的にも苦しくふさぎこんだ息子を支えてくれた彼女さんには感謝しかありません。
それなのに、こちらへも気遣いを見せてくれて本当に息子は良い人に巡り合えたなと嬉しく思いました。同時に、末長く仲良くやって欲しいと願うばかりです。
誰しもが、結婚当初はこんな思いだったのでしょうが、いつの間にか歯車がズレて離婚に至る人が少なくありません。私の身近には小姑だけでなくシングルの人が大勢います。
そういう私だって離婚したいと思うことは多々ありました。
今でこそ落ち着いている「もう無理」の感情は一度押し寄せると簡単には引いてくれません。
小姑達の離婚を苦々しい気持ちで見ていた私ですが、それは離婚そのものでなく、わがままな性格や我慢のなさ、親の甘さ、義母や小姑を取り巻く環境と嫁である私への配慮のなさに怒っていたと思ってました。でもそうではなくて、もしかしたら嫉妬だったのかもしれません。
私にはない離婚できるバックヤードが悔しいほどに整っていた小姑たち...
何かとかかる費用も店のお金が流れて行ったに違いありません。
義母も今よりずっとずっとお金を使っていました。それこそ湯水のように。
私には調味料の減りが早すぎる、湯水のように使ってもらっては困ると言った義母ですが。
多い時は八人、九人分の食事の用意です。
調味料も減るに決まってる!
私も今では離婚しようとは思ってません。
以前はお互いにすれ違いがあって喧嘩もしたし、もうやっていけないと思ったこともあります。でも離婚したかった最大の原因は同居に尽きます。
その最悪最大の原因が取り除かれていないのに、離婚の気持ちが収まった背景には今の生活スタイルとマザオの努力だと思っています。
気に触るところ、納得できないところ、多々ありますが、それはお互い様でしょう。若い時ほどの無頓着さは無くなりました。空気の読めなさは改善されてきました。私が泣きながら訴える辛さを受け止めてくれるようになりました。
もしも離婚していたら...
たらればの世界は空虚でしかないけれど、今のように現状に満足するということがなかったかもしれません。
満足というにはちょっと語弊があるけれど。
今も庭をうろついてる目障りな人が目に入ってきますから。

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今さっき、予期せずの贈り物が届きました。
息子の彼女さんからです。
メッセージカードも添えられて...
特に母の日に触れられてはいないけれど、きっと今日を意識して送ってくれたのではないかと勝手に想像を巡らせて喜んでいるお調子者です。
息子達から、気まぐれな母の日がある年もあればスルーの年もあって、男の子なんてそんなものだと期待などしてない例年です。
まだ入籍もしておらず、息子は休職からやっと復帰したばかりで家計も大変でしょうに。
心遣いがありがたく、思い寄よらぬ事態に思わず顔がほころびます。
息子に良き伴侶が見つかって本当に良かったと思わずには入られません。
同時に、お互い付かず離れず、親しきなかにも礼儀を忘れずに、仲良くいい関係を保っていきたいと強く思いました。
それに親としての役目は果たしたい...
奨学金の返済をこちらで引き取らなければと思いながらなかなか思うように進みません。息子には相当迷惑をかけてる情けない親です。
思えば、私と義母だって最初はお互いに仲良くやっていきたいと思っていたはずなんです。
いつの間にか、徐々に嫌なところが目について、とうとうこんな険悪な状態になってしまいました。
なんでもかんでも私に押し付けて!
店のこと、家のこと、私は家政婦じゃない!
我慢が爆発したんですね。
別居していたら、それなりに関係を築いていたのでしょうか。
義母が干渉や頼みごとをしないはずがないでしょうから、やっぱり無理そうですかね。
「若い人に迷惑をかけたくない」
義母の常套文句ですが、すでにたくさんの迷惑を被ってますから!
同じ轍を踏まないよう、私も心しなければいけません。

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