大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
キラーストレスでガン細胞が出来たり脳溢血を起こすという記事を見ました。
キラーというからには死に至るということですよね。
実際のところはわかりませんがストレスが体にいいわけもなく、また感情の起伏が激しかったり怒りっぽい人は早死にだとか聞きます。
となれば、私は早死グループです。
縁起でもないですけど、同居嫁の平均寿命知りたいくらいです。
早くに亡くなった義父はいつも胃を親指で押さえてました。
それを義母は「お父さんが」と一家を支える大黒柱の偉大さ?大変さ?をアピールしてました。
内助の功はどうなんだ!って言ってやりたいですが。
「お父さんが」「娘が」と無駄な心配や大げさに讃える義母をいつも苦々しく思っていました。
家計と店の経理を牛耳ってた小姑の賞賛ぶりは何度かここにも書いてきましたが、そんなこと私だって出来るといつも思ってました。
使いたい放題使ってやりたい放題の結果で生まれた大借金と自転車操業の店を渡されて、私がどんな苦労をしてきたかなんて何にもわかってないのです。
「お父さんが一生懸命」「あの子が頑張って」
聞くたびにムカムカしてイライラマックスでした。
ここまで来るのにどれだけの壁が立ちはだかってたか、何にもわかってない義母に心底イラつきます。
些細な日常の出来事のどこかしこに思い出したくもないこのイライラの原因が潜んでいます。
昨日書いた、いくら気遣いされたとしても、わずかに影を潜めたとしても、今更の話なのです。
もう私の閉ざされた心は同居している限り開くことはないような気がします。
ゆっくりと自由気ままな家を手に入れた時、もしかしたら、このわけのわからない怒りから解放されるのかもしれません。

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ここ数日はすっかり影を潜めた義母ですが、その息遣いが伝わってくるような嫌悪感は何でしょう?
いつまで続くかわかりませんが、私が帰宅する頃には義母は寝室へ引き上げていて電気は消えて真っ暗、いつでもお風呂へ入れる状態です。
ずっと望んでいたことなのに、何だか不気味です。
そして想像していたほど快適ではありません。確かにお風呂へすぐに入れるのは願ったり叶ったりなのですけど、義母から恩を売られているような変な感覚にとらわれます。
考えすぎ、というか単なるひねくれ者...
ここまでこじれた関係で同じ屋根の下にいること自体が窮屈でしかないのだと思います。
お仕事お疲れ様
どうぞお風呂へ入ってください
今さら言われても嫌味にしかとれません。
ずっとずっとあんたらの都合に振り回されて、その時々の思いつきで振り回されて、
立場が変わったら言い分も変わって、とにかく自分が至上。
そうだ、義母は娘である小姑らに、そして家政婦兼嫁の私にいつも言ってました。
「実家はゆっくり休むところ、わがままを言うところ」だって。
私はその実家へ帰ることも許されず、この家でみんなのお世話係として働いてきました。
厳密に言えば「許されない」のではなく、「帰れば?」と言われました。
「やることやって」の訓示付きで!
やることが多すぎて寝る間も惜しんでたのに、帰る暇などありませんでした。
やっぱりね、
私にはゆっくり休むところもわがままを言うところもないってことです。
今さらお風呂を空けたくらいで許せるはずがないのです。
むしろ、嫌悪感が増す悪循環です。

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