大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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今日もなかなかお風呂に入る事が出来ず、今です。
へんなこだわりを持たずにさっさと入れば良いのに!と思われる方もいるでしょうが、同居ってこういことの積み重ねだったりするのです。
台所仕事を始めるとなぜかダイニングテーブルに居座るお姑さんに辟易してる友人もいます。
ここに居るなとばかりに「なんか用なの?」と聞けるくらいなら苦労はないのです。
仮に聞いたとして「別にないよ」と言われて居座り続けられたら口を利いただけ損した気分になるという友人の気持ちは私にはよくわかります。
反撃を始めたと言いながら、実際はこんなものなんですね。
これでも過去を思えば少しずつ前進してるはずなんですが。(笑)
昨日は結局零時を回っても義母が立ち去る気配はなく、お風呂を出たらニ時でした。店をやっていた頃なら普通ですけど、今は日付が変わらないうちに寝ることが出来てたのでリズムが狂います。
店をやっていた頃、義母は寝る前に入らないと湯冷めして眠れないという言い分で、マザオと私が帰宅した時間にまだお風呂に入ってない事が多々ありました。
あの頃は夜中に帰るのが日常でしたから、帰宅してすぐにお風呂を済ませてしまいたかったのに義母が「このタイミングで入るのか!」を毎度のごとくやらかしてくれてカッカしてた私です。
マザオはこれに対して、「寝る前に入りたいっていう気持ちもわかる」と超寛大な思いやりの気持ち全開で理解を示しました。これがまた私のマグマを沸騰させる原因になったのですけど、ゴタゴタはもっと疲れる原因なのでぐっと胸の内へ押し込んでました。
寝る前に入りたいなら風呂洗いをして窓をあけて出て来い!!
そう言いたいところでしたが、義母はもう何十年もお風呂を洗ったことがありません。
私が嫁に来る前から小姑らが交代でお風呂洗いのお手伝いをすることになっており、そのまま成人し、いつしか私に一任されるようになってました。
まだその頃は義母もたまーに「私がやるよ」とお風呂掃除を買って出てくれたのでお願いした事が幾度かあったのですが、そのいい加減な洗い方にゲンナリでした。
浴槽のお湯のラインが湯垢でざらざら、足を入れるとなぜか浴槽の底がヌメってる、気持ち悪くてコッソリ洗い直したりシャワーだけで済ませて出たりしました。子供と一緒だとなかなかそうもいかず、我慢して入ったこともあります。
だから、お風呂洗いはやってもらいたいけど、やってもらいたくないんです。
話が横道へそれてしまいました。
私が義母を避けて、お風呂になかなか入らないものですからマザオが動いたようです。「もっと早く入って早く寝ろ」ってあたりでしょうか?わかりませんけど。
早い時間に入浴を済ませるようになった義母。
なぜ深夜まで居間風ダイニングに居座ってるんだ!!
この話には続きがあります。

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早いもので今年もあと二十日あまりです。
年を追うごとに時間の経過が早くなるのは、新しい経験が減っていくからだとか?
見知らぬ土地へ出掛けた時の帰り道が早く感じるのは、これと同じで脳が経験値としてある程度記憶しているからだと聞いたことがあります。
だからですか?
やっと解放されたと思った「年末年始の嫁」の季節は瞬く間に次がやってきます。
年末年始だけじゃないですけどね。
月一でなにかしらあったあの地獄の日々を思い出します。
同じ年頃なのに、
娘は実家でのんびりお正月を満喫、嫁は里帰りもなく徹夜で働く!
そんなバカげたことがまかり通ってたお正月が大嫌いでした。
商売屋の嫁は店も自宅も元旦から大忙しです。
大晦日は徹夜で支度に追われました。
「適当でいいから早く寝ないと」「座ってお茶でも飲んだら」と見せ掛けだけの思いやりの言葉掛けもありましたが、それは自分たちだけがのんびり年越しをするのにほんのちょっぴり気兼ねがあっただけだと思います。
本当に「適当に」済ませたら後始末は誰がするのでしょうね?
時間に追われ、やらなければならないことが山のようにあるのにお茶なんか飲んでる暇は私にはありませんでした。
おせちにああでもないこうでもないとケチをつけられ、人が集まった席で好みの料理がないだの少ないだのとまるで私が手を抜いたと言わんばかりにチクチク言われました。
ある年には、雑煮の中に毎年豆腐を入れてたのに今年は入ってないと騒ぎ出したこともありました。
今まで雑煮に豆腐を入れた事など一度もないのにです!
これには小姑らも「うちのお雑煮には豆腐なんか入っていない」と言ってくれたのですが、義母の頭の中は豆腐一色だったみたいです。
なんにも準備しないくせに文句ばっかり言うな!!
それに義母の兄弟姉妹たちまでが連日押し寄せ、お茶だけでなく夕飯まで食べてく事が度々ありました。正月営業で店は猫の手も借りたいほどなのに、店の仕事の隙間を縫ってわずかな時間に自宅へ帰ればお接待が待っていました。
子供達がいたので帰らないわけにはいかず、自宅へ戻ればこの始末で本当にクタクタでした。お思い出したくもないのに思い出してしまう悲しい季節がまためぐって来ました。
時の流れといろいろなことが重なって、今、私はお正月完全無視を貫いてます。
ボロキッチンではそれなりのささやかなお正月を楽しんではいるのですけど、なんかね、落ち着かないというか..うまく言えないけど気兼ねがあったりするんですよね。
今年の暮れ、息子達は帰省するのでしょうか。
まだ予定を聞いていません。
長男が卒業を控えたお正月に義母がお年玉をくれました。
遠慮した長男に義母は言いました。
「ばあばの楽しみだから30才になっても40才になってもあげるよ。」
翌年、手土産を持って帰省した長男に向かって義母が発した言葉。
ばあばにお年玉ちょうだい!
冗談でも許せない私です。

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