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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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マザオのいない休みだったのに、特にすべき用もなく、一日を有意義に過ごしたいという気持ちと裏腹にもうこんな時間です。
息子たちが小さかった頃なら入浴も夕飯も済ませていなければいけない時間...。

目覚めたのは早朝五時過ぎ、勤務体制が夜間中心の私は零時を回っての就寝が当たり前でこんなに早く目覚めることは滅多にありません。
まだ暗い窓の外を眺めながらまどろんでいるうちに再び眠りについてしまったようです。

お天気が良くないせいで少しも明るくないのにすでに八時を回っていました。
出掛ける予定があるのなら、ガタガタとうるさく音を出してるのが常の義母も静かです。けど、気配は感じ取ることができました。
ということは、今日は出掛けない可能性が高いです。

はあー。
お天気と同じくらいどんよりした気持ちで布団から抜け出ました。











洗濯機が止まる頃、ポツポツと降り出した雨で部屋の中はより寒々しく感じました。

店をやっている頃より随分と家計状況は良くなったとはいえ、まだまだ借金が山のように残っています。休職中の息子への援助がいつ何時必要になるかもわかりません。
こたつに潜り込んでじっとしているのが一番お金もかからない、屁理屈をこねながら顔も洗わずぼうっとしていたらあっという間に十時を過ぎてしまいました。

冷蔵庫は空っぽだし、買い物へ行かなくちゃ。
スーパーに勤めているくせに、ついつい買い物を後回しにして買わずに帰宅となることが多いです。

気がつけば見切り品ばかりのカゴを同僚に揶揄されながら帰ってきてまたコタツムリ!
午前中に作った千枚漬けもどきが思いの外美味しくできて、自己満足に浸りながらつまみ食いをし、みかんとチョコレートを交互に口に入れ...
とてつもなくだらしのない時間を過ごしていたら、義母が出掛ける様子が伝わってきました。

出掛けてから一時間、これは完全にどこかへ出掛けたなと確信し、浴室を使うチャンスとばかりにコタツから抜けて支度を始めました。
白髪染めをしたかったんです。

買い置きしてあった混合液をトレイに出したところで鍵を開けるガチャガチャ音が聞こえました。
出掛けてすぐにやれば良かったのかもしれません。
でもすぐに帰ってくるかもしれないからと様子を伺って待っていたのが仇になりました。

もう風呂場は使えません。
ボロキッチンの部屋に洗面所はありませんし、さすがに台所の流しでは無理があります。仕方なしにトレイにラップをして夜まで待つことしました。

ふてくされて再びコタツへ戻り、気がつけば、どれくらいうたた寝してたのでしょうか。今度は夕闇が迫って真っ暗です。
間食でお腹も空いてないし、またもやぼんやりと無駄な時間を過ごして今に至ります。

私ったら今日一日何やってんだろう...
昔はこんな過ごし方やってみたくても出来なかったじゃない、そう思う気持ちと、
そうじゃない、やっぱり自由のようで自由じゃない!と思う気持ち。

せっかくの休日を台無しにした罪悪感のような気持ちになりました。

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マザオの出張で早朝から駅へ送って行きました。
出張先が息子のところに近いので中日に会いに行くかも、と言いながら出掛けて行きました。

こんなことに勝ち負けなどありませんが、なんとなく疎外感を感じて複雑な気持ちです。
普通に生活していたら何かにつけて「母親」でしょうけど、今は私が外で働いてるのでいつでも連絡が取れるマザオとのコミュニケーションが増えました。

その代償が、義母と留守番です。
はあー

家政婦だったあの頃はとにかく時間と仕事に追われて幼い息子たちを構ってやれませんでした。公園デビューなんて言葉もありませんでしたが、デビューどころか外遊びをさせた記憶がほとんどありません。











外へ出るのは買い物と洗濯を干す時くらいでしょうか。買い物だって車ですから。
あとは庭先で遊ばせるくらいがせいぜいで、外遊びをしないまま幼稚園へ上がりました。
幼稚園から、混成遊具や滑り台を怖がってやらない、ブランコが漕げない、砂場や泥を嫌がって一人ぽつんとしている、こんな連絡が来て愕然としました。

でも、息子が幼稚園にあがってからは店のこともやらねばならず、私の仕事量は増えるばかりで公園に行って練習させてやることもできないまま小学生になりました。

小学校の先生からも似たような連絡をもらってしまったのです。
ベテランの先生が多くの一年生を見てきた経験からうちの息子の運動音痴ぶりはただ事では無かったのでしょう。外遊びをさせてあげられなかったことをただ悲しく、ショックでした。

店へ出るようになってからは、子供達が休みの日のお昼ご飯でさえお弁当を置いておく生活でしたから、早朝や暗くなった校庭で車のライトで照らしながら練習した日を思い出します。

本当に切なかったです。
運動音痴でなく、私の育て方の問題だったから。
気がついたら普通にこなせるようにもなっていました。部活動でもレギュラーとなり、中学時代は生徒会の体育委員長でした。

これはまさに私が家の中で放ったらかしで外遊びさせなかったからだと自分を責めたりもしました。自分のストレスを子供にぶつけて怒鳴りつけたり、物を投げたり、とんでもない母親でした。

中学、高校と大きくなってからはお金がなくて月々のお小遣いが滞りがちで誕生日も記念日も何もしてやれませんでした。
自分の家の店でバイトしたお給料さえも許してもらったこと多々あるのです。

生活が落ち着いた今、息子は手元にはいません。
多額の奨学金を抱えたまま社会人になった息子たち...
次男は休職という難局と戦っています。

のほほん義母と同じ屋根の下、これから数日間は私も孤独な戦いをしなければならないと思います。

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