大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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毎日、凝りもせずエンドレスな愚痴を書いてる私ですが、昔と比べたら随分と自由な生活になったことは事実です。
それでもまだ愚痴が出るのは、自分と義母を比べて不公平だという気持ちが抑えられないからかもしれません。
私と違って義母はお嬢様育ちだと聞いています。
そもそも生まれた時代も家も何もかもが別人なのに比べることが間違ってるのかもしれませんが、ここへ嫁いできたことだけは共通点です。
それなのにお嬢様気質そのままの義母と下女扱いの私、納得できません。
そもそも、華族でもないのに自分でお嬢様育ちだと公言する義母の神経が理解できません。
「ウエストが57センチだったのよ。」
義母の巨体から到底想像できないモデル体型だった過去が自慢です。今でこそ言わなくなりましたが、相当の年齢まで耳タコになるくらい自慢してました。
はい?だから何!?って感じです。
お嬢様育ちというだけあって料理は苦手、というより
乾燥わかめを袋ごと味噌汁へ入れてわかめだらけになったとか
タケノコを灰汁抜きせずにゴリゴリのタケノコご飯を炊いたとか
おでんを出汁でなく水で煮込んだとか
特級の驚き技を披露した人です。
さすがに私が嫁に来た時には苦労人の義父によって修正されてましたが。
食事の支度を私が担当するようになって、最初は義父や小姑らが大喜びし感謝され、それが躓く一歩だったのかもしれません。私も必要以上に頑張ってしまったし、小姑らの要求もだんだんエスカレートしていきました。
お嬢様育ちの義母は当然、掃除も下手、草抜きはしない、アイロン...そういえばアイロンをかけてる姿を見たことないです。
何より「節約」や「やり繰り」は、言葉を知らないんじゃないかと思うほどでした。
小姑が小学生だった時に義母は父母会の役員をやる羽目になりました。田舎ですからこういう役回りは順番のようなものです。
卒業生に送るボールペンが箱ごとなくなり、義母が保管してた、してないで大揉めになったことがあったと小姑から聞きました。子供心に傷ついたと。
今の家へ引っ越す時、新品のピカピカのボールペン一箱が押入れの奥から出てきたのです。
そんないい加減でだらしのない義母は、結婚当初から義父母の存在がありませんでした。
義母の実家がある地で新築中のアパートを新居に決め、手狭になったからとまたもや新築のマンションに移ったそうです。
妊娠中は出産前から親元で上げ膳据え膳の生活をし、親子水入らずの幸せな生活を満喫し、のち新築した前の家へ引っ越しました。
新築の家では義母は専業主婦で、お料理教室へ通ったりお菓子教室へ通ったりしていたと聞いています。そしてマザオや小姑らが友達を連れてくると手作りのおやつを振舞ってたとか。
この前の家を改装して私が嫁に来たのです。
数年で今の家を建てて引っ越してきたのです。義母にとって今の家が一番古くてボロいかもしれませんね。
若い頃は新しい家で親子水入らず、嫁が来たら息子と同居を望んで店も家事もお任せ状態、納税や光熱費などの負担もなく、お気楽隠居です。
私だって息子たちの友達を呼んでお誕生会やクリスマス会をしてあげたかった。
受験の時くらい静かな環境で食事に気を使ってあげたかった。
一軒家なのに物音に気遣い、友達も呼べず、四六時中義母の存在を気にしながら働き続け...
たとえ今から私の望む幸せがやってきたとしても遅すぎる!
それにまだまだ自由は来る気配ないし!
言っても仕方ないことだけど、なんだか虚しいです。

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風もなく穏やかな小春日和でした。
休みのたびに雨が降ったりとお天気が今ひとつだったので、今日こそはと張り切ってました。
コタツ布団を干したり、布団カバーやシーツを冬物に変えたり、天候不順で中途半端なままでしたから。
ところが、今日に限っていつまでも庭にいる義母。
どいてよ!
家の中から恨めしげにつぶやいたところで聞こえるはずもなく、途端に私のやる気スイッチはオフになります。
さあ、やるぞ!と思ったものの出鼻をくじかれ、コーヒーを飲みながらずるずると時間が経つほどに「今度にする」と気持ちが変わっていきました。
日々の生活もこうして義母に牛耳られてる感覚は、どうしても拭い去れません。
遅まきながらやっとのことで始動し始めた私ですが、朝の張り切った気持ちはすっかり萎えていつもの面倒くさがり屋に戻ってしまいました。
お昼頃には風も強くなり、窓の外で洗濯物が大暴れしています。
少々風が出てきたものの、なんで義母は洗濯をしないのでしょうか?
さっきまで庭を徘徊し暇そうにしていたのに、洗濯物はどうしたの?
物干し竿の領域や竿の上げ下げをめぐって静かなバトルを繰り広げてるのですから、義母が洗濯物を干さないのは私にとって好都合です。
なのに、気になるっていうのもおかしな話ですが...
やっぱりね。
夕方になって洗濯物を干し出した義母です。
なんで今頃?
日が沈み始めるとセンサーのついた防犯灯が、風で揺れる洗濯物に反応してついたり消えたりするのです。太陽光で蓄電するタイプではありません。点灯するたびに電気代がかかるんです。
わずかなことで目くじらをたてるほどではないかもしれません。
でも、このわずかなイライラが多すぎるんです。
給湯器の温度を高温にしたままだとか、義母の寝室の豆電球は二十四時間つけっぱなしだとか、暖房便座を高温にするだとか、電気を消し忘れて外出やちょっとだからと他の部屋へ行きそのままだとか、言い出したらきりがありません。
朝っぱらから庭でぼんやりする時間があるのに、仕事があるわけでもなく毎日気ままなくせに、なんで普通の時間に洗濯物が干せないのか!ってことです。
今も外で風に揺れてる洗濯物は、朝日を迎え、普通に明日の午後取り込まれると思います。
いつもそうだから。
だったら今夜干す必要もないのにです。
そして、明日は明日の洗濯物が増えて、竿半分の領域を超えて自分の洗濯を干しまくるに決まってます。
ああ、もう!

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