大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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ネット上のトピックスに出ていた「嫁姑問題」を見ました。
実家への帰省を制限する義母と頻繁に入り浸る義妹への不信感と理不尽さに耐えかねるという内容でした。
連休中はそんな理不尽な苦汁をたっぷりと嘗めた方も多かったろうと思います。
言うなれば私もいつ姑の立場になってもおかしくないのですが、こういった事例に出てくる姑の行動が理解できません。もとより、目の前に到底理解しがたい義母がいますけど。
この際、同居しない主義を横に置いといても、そんなにお嫁さんが家を離れるのは嫌ですか?
ここが理解できません。
お嫁さんがいれば、何もかもやってもらって楽ですか?
気疲れするからいない方がいいという私は、未知の世界だからそう思うのかもしれませんが。
周りの同世代の友に聞いても、家族で訪問されると面倒だという人は多いです。
毎年、毎回、息子たちが帰省してくると、「いつかお嫁さんを連れてくるのかな」と思ったりします。そして、片付けたりお布団の用意だったり、面倒だなと思うのです。
うちの義母も帰るなという主義でした。
商売をしてましたから、世間の休日に働き手がいなくなったら困りますからね。訪問客の応対も全部こっちに回されましたし。
嫁に来てこの家の人間になったのだから、実家といえど好き勝手に帰らないのが常識と義母に言われました。盆暮れ正月はもちろん、長い嫁生活で実家へ帰ったことなんか数えるほどしかありません。
嫁に行った義母の娘(小姑ら)は合鍵を持って勝手に出入りし、留守中でも居座ってたこと幾度でしたどね。
そのトピックスには、お姑さんが怒ろうが嫌味を言おうが道理が通らない難癖を聞く必要はないと書いてありました。勇気を持って実家へ行こうと。
書いてあることはごもっともですが、
その勇気が持てないから嫁姑問題は永遠のテーマなんじゃないかなと思うのです。
そんなに簡単なことじゃないんです。
同居しながら自分の意志を貫くことは、もしかすると別居するより難しいかもしれないと思うのです。

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世の中が母の日一色みたいに感じました。
勤め先がスーパーだからかもしれません。
世のご主人で、妻の母親まで気を回せる人はどのくらいの割合なんでしょうか。
息子はスルーなんてことはありがちですから、家庭を持ったからといって急に目覚めるわけないのかもしれませんね。まして、義理の親ですから。
職場でも「息子は知らん顔」なんて話で盛り上がり、とどのつまりは夫婦間での温度差でした。
御多分に洩れずマザオも知らん顔組でした。
数年に一度、長い冬眠から目覚めたように年中行事に参加するものの、それはあまりに中途半端で私の心をかき乱したものです。
それがだんだんと諦めの境地になって、母の日の仕事は嫁の私の役目となり小姑らとの面倒くさい絡みを甘んじて受け入れてきました。
人任せのマザオと実の娘である小姑らには大仰にありがとうを言う義母から弾かれた私は、忌々しい思いを関わりたくない気持ちで埋め合わせていました。
マザオが口を出せばそれも鬱陶しく、無関心であればそれも腹立たしくもありホッとしたり。
どっちにしても、気分良く過ごせるはずのない母の日。
店をやめて心にゆとりが出たのか、去年は母の日だからとマザオ一人で何やら用意したようでした。冷戦真っただ中の私には相談もなくひっそりと。
私ですか?
昨年に引き続き完全無視です。
そして、今年のマザオは、忘れたのか知りませんがスルーでした。
世の中がこんなに叫んでいても気がつかないのも不思議ですが、私の心の平穏は保たれた感じです。

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