大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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今は自分の思う方向に物事が進み、私の中では人並みの生活を送ることができ始めました。
これを集大成の始まりと思って元気に前進する自分を想像してました。
思いの外、過去にこだわる自分を扱いかねてます。
過ぎてしまったことをくよくよしても何も始まらない。
わかってます。
ずっとそう思って今の生活を夢見て来ました。これからもっともっと思うままの生活ができる日を実現すべく前を向いて頑張ろうって。
ところが思いもよらず過去にこだわる私がいました。
もう取り返せない、残り時間は長くない、あの時もっと違う選択をしていたら、
とりとめもないネガティブな思考に取り憑かれてやる気が起きません。
なんでしょうね。
温泉にも行って、美味しいものも食べに行って、友達とランチでおしゃべりを楽しんで、クリスマスのイルミネーション巡りも行こうと思えば行けるのに。
時々、ふっと何もかも虚しくなって面倒臭くなって..
普段の何気ないシーンで私行動を責める自分がいます、特に楽しい時に。
息子たちだってもっと楽しい幼少期を送らせてあげたかったとか、
ストレスをぶつける相手は弱い子供たちで、怒ってばかりでごめんねとか、
こんなんじゃダメダメ!
そう思えば思うほど、もう過去は取り戻せないと思う私。
凹んでる時間すらもったいない!、相反する気持ちだけで立ち上がってる感じです。

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ひたすら働き続け、引きこもり生活となって、やっと脱して人並みの生活を送るべく奮闘中です。
私の中では、以前がひどすぎて、すでに人並みなんですが。
久々に街へ出て、クリスマスの雰囲気にワクワクしました。
何があるわけでもないですが、いい歳してクリスマスイブが楽しみな私です。
クリスマスなんてずっと大嫌いだったけど。
この家のホームパーティー病のためにクリスマスも朝から準備で大変です。いいえ、前日にケーキのスポンジを焼いとかなくちゃいけませんから。
十二月生まれの義母の誕生パーティーとクリスマスパーティー、別々にやっていたけど、大変だからといつしか一緒になりました。大変だからって、自分たちの都合でしょうが!
私も二回もホームパティーの準備をさせられることを思えば一緒にしたほうが楽でしたけど、感情がね..、
せっかくのクリスマスパーティーにババアのためのパッピバスディーの合唱をさせられる嫌悪感。
アホらしくてやってられませんでした。やらねばならなかったけど。
ある年はサンドイッチに使うレタスの水気の取り方が乱暴でレタスが台無しと文句を言われ、
ある年はケーキのクリームが泡立て過ぎで硬いと言われ、
ある年は材料費かけ過ぎと嫌味を言われ、
文句ばかり言うくせに、今度はローストビーフがいいとかグラタンがいいとかリクエストは忘れない、そして手伝いはほぼ口だけ!
息子たちがまだ幼い頃、テーブルにお料理が並べばつまみ食いだってしたくなるでしょうに絶対に許されませんでした。自分たちは散々してるくせに。
朝から準備に追われて子供達はほったらかしにされ、いつも指定されている六時の夕飯時間を過ぎても全員が揃わなければパーティーは始まらないのです。
小さな両手でテーブルをつかむようにしてじっと黙ってご馳走を見つめてる姿は今でも目に焼き付いてます。駄々をこねてもおかしくないのに、まるで私の状況を理解してるかのように静かに待っている子供でした。
いつだったか、やっと食べだしたらイチゴを頬張りながら寝てしまった時もありました。
あの頃の私は自分のことでいっぱいいっぱい、子供のために立ち向かうなんて出来ませんでした。
敬けんなクリスチャンでもないのに、クリスマスなんて子供達のため余興じゃん。
義母の誕生会なんてねー、ババアの誕生会をやる家なんて聞いたことないし。
楽しくも面白くない苦しい思い出のクリスマスです。
ボロキッチンが出来てからのクリスマス、楽しかったなあ。
でも遠慮しながら、義母の方へわいわい聞こえないように、随分と変な気を使いました。
それにあっけなく子供達も大きくなっちゃって、私も店が忙しく、買ったケーキをただ食べるだけ日に変わっていきました。
こういう悔しさはどうやって取り戻せばいいんでしょうね。

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