大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
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所用で朝から出掛けてました。
夕方、帰ってきたら門扉の内側の花壇スペースの草が全部なくなっていました。
明日、雨かもしれないです・・!!
だって、マザオと私は留守にしていて、誰が草むしりをやったかって?
義母しかいませんから。
あの義母が!?
落としたものも拾わない、膝が曲がらないんじゃないかと思える義母が?
反撃が少しは功を奏したのかしら?
これは我が家の七不思議と言ってもいいかもしれません。
この家に引っ越してきてからというもの、草むしりは私の仕事になっていました。
最初の数年こそ、家庭菜園やお花を植えたりと義母も庭仕事をしていた時期がありましたけど、それは気まぐれでしかありませんでした。
家庭菜園をやると言って苗を買ってきて植えるまではいいんですけど、1度2度収穫したら後始末は忘却の彼方です。
それに雑草が勢いづいてもきれいに抜き去ることは稀でした。上っ面だけちょっと刈って終わりです。だから、夏の終わりには荒れ放題の家庭菜園が放置されたままでした。
義父のいた頃はまだ良かったのですが、他界してからというもの裏庭は荒れ放題。お恥ずかしながら膝丈くらいの雑草で覆われて、倉庫までは獣道のような通り道が出来てました。
田舎の家なので敷地もそこそこあり、私ひとりでは表の芝生の管理だけで精一杯なんです。日頃は終日、店にいるわけで、休みの日は溜まった家事や雑務に追われて草抜きの時間が足りません。
引っ越してきて間もなくの頃、義母が50センチ幅くらいで敷地のフェンス際に沿って芝を剥がしてしまいました。
「私が管理するから花壇にする」そう言って芝をはがしレンガを並べて帯状の花壇ができました。
花が咲き乱れたのは最初だけ。
それ植えちゃう?
そんな木々を雑多に、それも適当に植えまくった結果、ヘンチクリンな雑木林風のお花少々の花壇になってます。
まして、草を取ったことなんて数える程しか・・・
表側なので、見るに見かねて私が手入れしていました。
このブログを書くきっかけになった反撃の始まりは、草抜きの騒動も一因です。
私がやるのが当たり前のような態度で、気に入らなければ文句を言う義母。
少しは自分もやったらどうなの!?
言いたくても言えませんでした。ずっとずっとずっと我慢してきました。
子供の就職も決まり一息ついた時、私は一念発起して裏庭の雑草撲滅を目標に奮闘したのです。
膨大な作業量でした。一般家庭から出るとは思えない量の枝葉と草、草、草!
2ヶ月掛けてやり抜きました。一部分ですが、土をならしてレンガを敷きました。
見違える程にきれいになったのに、義母の口から不満が噴出しました。
南天の木を切っちゃった!
アジサイがこんなに小さくなって!
夏みかんの実がなるのを楽しみにしてたのに!
南天なんてすぐに大きく繁るんです。タネがこぼれてどんどん増えます。しかも1本背丈より大きいものをちゃんと残してあるのにです。
アジサイのせいで倉庫への出入りが狭くて困ってました。こんな場所に植える方が悪い!それにアジサイの木はまだいくらもあるじゃないですか。
夏みかんだってそうです。繁り過ぎです!大きくすれば良いってものではないでしょうに。現に今年の春は、風通しがよくなったおかげか前代未聞の大収穫でした。
大変な思いをして、膨大な重労働を続けきれいにしたのに・・・。
この時、私の気持ちがぷっつり切れました。
いい加減にしろ!!
1週間くらい口も利かず、あいさつもしませんでした。
本当はこわくてドキドキしてビクつきながら。
マザオにも私の積もり積もった不満をぶちまけました。
年中、不満は言ってましたけど、ここまで義母をボロクソにこきおろしたのは初めてです。
元々、黙って私の愚痴を聞いてくれる夫ではありましたが、やはりマザオはマザオ、大切なお母さんだというオーラはいつも出てました。
でも、この時は私の剣幕といつもよりも何倍も激しい攻撃にたじろいていました。
「これから少しずつ改善してくからもう少し時間をくれ」
この一言が、何気ないたった一言ですが、救われた気がした私です。
すでに、だいぶ時間が経ってますけどねー!
やらないよりマシ?
根から抜かずに上っ面だけの
文字通り「草むしり」
しかも、
きれい増やした苔もごっそりやられた!(泣)

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自分で言うのも変ですが、
ものすごく苦労してきたと思うのです。
なんでこんな目に遭わなければいけないんだ?
そう思いながら、泣き暮らしてきた過去の日々。今時、こんな生活をしてる人いる?とも思ってました。
でも、傍から見れば、これは普通?
もしかしたら、「いいわねえ」とさえ思われてた節があります。決して、「あの家のお嫁さんはお気の毒」なんて思われてなかったかも・・・。
大きな家に住んで、自分たちのキッチンまで作ってもらい食事は別になり、ほんの少しだけ店に顔を出せば専業主婦同然のお気楽な生活!?
私が散々な毎日を愚痴れるのは本当に親しい少数の友人達と、内情を理解できる同業者の同じく嫁で信頼のおける一人だけでした。どこでどう巡り巡って義家族の耳に入るかも知れないと思うと愚痴をこぼすのも、大袈裟ですが、命がけです。それでも言わずにはいられない、完全に自分ひとりの心に押し込めていたら、私はとうの昔に壊れていたと思います。
普通の人は、大きな家の中の私たちのスペースがどれほどなのか知るわけもなく、ボロキッチンを作ったのは私のわがままであり、私の実家が資金を出したことなどわかるはずもありません。
そのボロキッチンが出来てから数年間は、義家族の分まで食事を作って廊下の向こうへ届け続けたなんて誰が想像するでしょうか?小さなボロキッチンで7人8人分の食事の支度は、鍋を置く場所にも困ります。
そんな生活をしていると、
「何も要らないからひとりになりたい」「死んだらどんなに楽だろう」
頭の中は、現実逃避でいっぱいになります。
出来るわけないのに・・、私にそんな度胸はありませんでした。
そのくせ、「子供を大学へ行かせたい」、「この地方で子供を抱えて車のない生活は無理」などと考えたりしてました。矛盾してますね。
波瀾万丈?
思い返せば、あっという間に末子が大学を卒業し現在に至ります。
何も要らない?
ここまで我慢したのだから、やっとここまで這い上がってきたのだから、そろそろ苦労から解放されたい!!
第一段階は?
店を畳み、普通の生活がしたい。
その第一段階で躓いてる感が拭えません。
進まない状況に不安が大きくて、時々わけもなく動悸がして目眩がします。ただの更年期障害かもしれないですが。(苦笑)
手元にある
借入金返済計画書
指で数字を追って桁を数えないといけません。
どうなっちゃうんだろう
やっぱり動悸が始まりました。

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