大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
小姑が引越してきて、夕飯はそれぞれのキッチンで別々に作り、別々に食べる、三食まったく関わりなし!の生活になりました。
苦節6年!!
ったく、なんのために二世帯に改装したのかわかりゃしない。
喜ぶのはまだ早い。
留守中でも勝手に人のボロキッチンに入り込んで、平気で材料調達する人種だったのでした。
「トマトなくて、冷蔵庫みたらあったから貰ったよ。」
「サラダ油借りた。」
こういうこと、平気で言う?する?ドアからこっち、不法侵入だー!
普通の神経だったら出来ないよねー!
さすがに、ニコリともせず、表情と言葉にならないフーンで返事すること何回あったかな。
「サラダ油借りた」、借りたなら返せや!(笑)
家のローンだけは相応に重くのしかかり、ローン負担してるはずが、
「お義父さんの建てた家」が口癖の義母。
あのさ、ローン負担分の面積を使わせてもらってないんですけど。小姑さまのお部屋代はどうなってるのでしょうか?人のキッチンには勝手に入り込んで家捜しするのに。
出戻ってきた小姑は1円もうちへ入れませんで、海外旅行へ行きづめ。
体裁を取り繕うため?
出戻ってきてから初めてのお正月にまたしても海外旅行へ行くという小姑、それを
「あの子、日本に居ない方がいいと思うの。」と言った義母。
いや居た方がいいでしょ。お正月は猫の手も借りたいほど忙しい地獄の正月、居候なら手伝えや!
その後、再婚相手を見つけ「あの部屋は子供部屋にしたらいいと思う」「良いタンスだから使って」の迷台詞を残して、再び嫁いでいきました。
良いタンス?小姑が学生時代に揃えた安普請の傾いた代物で邪魔なんですけど。
それでも、再婚相手が見つかったので、ふたりの子どもにそれぞれ部屋を与える事が出来ました。趣味の悪い絨毯が敷かれ、傾いたタンスがそのままの部屋だったけど。
数年後、子どもが大学進学でうちを出る事になりました。
子ども部屋の主がいなくなってひと月も経たないGW直前、義母が言いました。
「あの部屋、どうするの?」
「納戸にしたいんだけど。」
昔は泣いてばかりで防戦一方だった私も強くなりました。特に子どものことになると黙ってません。
「もう帰って来るなってこと?」
かわいい孫の処遇を聞いてみました。
私の剣幕に少しばかりキョドった義母。
「あ、帰ってくる?」
帰って来るに決まってるわ!
バーカ!!
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