大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
冷蔵庫の様子が変です。
異音がします。
すでに二十年近く経つシニア冷蔵庫ですから、そろそろ?
電気代の大御所とも言われる冷蔵庫は最新のものに買い替えれば、はっきりとその節電ぶりがわかるそうですね。
今はまだ不可能だけど、気持ち良く買い替えられる日が来るまで頑張ってもらわないといけません。
義母の冷蔵庫はもっと古い消費税が導入された翌年平成ニ年に購入した、今は無きサンヨー製です。実に二十五年も不具合なく働き続けてるのです。
すごいですね、さすが!人使いの荒い義母、冷蔵庫にも安眠は与えません。(笑)
ボロキッチンが出来て、晴れて食事は別々だと思ったのはほんの一瞬でした。
前にも書いたかもしれませんが、
義母の「私は認めない」の一声でしばらくはボロキッチンを使わせてもらえませんでした。
実母が実父の生命保険から工面してくれた改装費なのに!
朝、お味噌汁を作らないとおかんむりでした。
作ってましたけどね!
朝食にご飯と味噌汁を食べるのは義父母だけでした。小姑らでさえパン食なのに義父母のために味噌汁を作ってました。
義父母しか飲まない味噌汁は前夜にダシを取っておきます。
当時だって顆粒状のだしの素はありましたが使っていません。
小姑が二日分作って冷蔵庫へ入れておけば?と提案したのです。
歳が近いからか、自分が味噌汁を飲まないからか、たまには意見が合致して仲の良い時期もあったのですよねー。
それが気に入らなかったのか、私が嫁に来てパン食が横行したのが気に入らなかったのか、とにかくイチャモンをつけてダメだと言い放ったのでした。
冷蔵庫を巡っては、それはそれは枝葉のようにたくさんの揉め事がありました。
今なら言える!!
お前に言われたくない!
小姑の弁当は誰が作ってると思ってるんだ!!

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急にピザが食べたくなりました。
宅配ピザなんて贅沢は言いません、スーパーで売ってるカットピザで十分です。
だけど、出掛けるのが面倒です。
雨もあがっているし、気分転換に出掛けようかとちらりと思うものの身支度する気になれません。
せっかくの休みもまた引きこもってました。
引きこもりの私に届いた督促状の中にN◯Tファイナンスからの契約解除予告書がありました。
それは息子のところの契約回線でした。
大学生時代の下宿先から引越しをした際にいろいろな制約があったため、マザオの名前で回線を増やして契約しました。忙しさにかまけて引き落としの手続きをしないまま振り込み用紙で支払っているのでしょう。
五月と六月分が未納と記載されています。
仕事が出来ないと苦しんでいた時期です。
部屋の中もぐちゃぐちゃだと言っていた頃ですね。
今の私たちは息子に注意出来た義理ではありませんが、早く支払うよう電話しました。
ピザなんか食べてる場合じゃないな、そんな思いが湧き上がってひとり苦笑いです。
この息子、なにが食べたいかと聞けば「ピザ」と答える子供でした。滅多に頼めない宅配ピザがなにより好きみたいです。
遠い昔の話ですが、小姑が子供連れでうちへ来た時のことです。
お昼に回転寿司へ行くからとピザ好きの息子へも声を掛けてくれたんですが、息子は断りました。
私は「一緒に行ったら?」と促しましたが首を縦に振りません。
「ばあばがお留守番、頼むねって言ったもん」
はらわたが煮えくり返りました。
小学生の内孫に先手を打って着いて来るなと釘を差したんだと思いました。
反面、ヘタに連れて行かれてごちそうしてやったと言わんばかりの態度に御礼をいうのも嫌だったので行かなくて良かったと思う私もいましたが、子供には関係ないことです。
そして夜、店が忙しく帰宅が遅くなってしまいました。
ボロキッチンの部屋のドアをあけると、待っていたかのように
「僕もピザが食べたい!」と言うのです。
義母は小姑の子供達に宅配ピザを頼んでました。
うちの子が義母の部屋をのぞくとみんなで大きなピザを囲んでワイワイしていたそうです。
息子が言葉を発する前に義母は言ったそうです。
「ごめんね、今度とってあげるから。」
ごめんね?
何を善人ぶっちゃってるの?クソババア!
昼は回転寿司で夜は宅配ピザですか!小学生の内孫が廊下を隔てたドアの向こうでひとり留守番しているのを知っていての行動ですから。
夕飯の材料はあったけど、宅配ピザを取りました。
あの時もお財布の中が空っぽになったっけ。
悔しい思い出です。
やっぱりピザなんか食べてる場合じゃない、そんな思考回路になりました。

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