大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
私の実家が費用を負担してくれたおかげでボロキッチンが出来上がりました。
あの頃の私はすでに壊れかけていて、早朝から起きているのに怖くて部屋から出ることが出来ずにメソメソ泣いていました。
それでもずっと部屋にいるわけにもいかず、トイレだって限界まで我慢していて、仕方なく着替えを済ませて抜き足差し足で部屋を出る毎日でした。
義父母のみそ汁と小姑のお弁当を作るために!
みそ汁もまともに作らない人にマザオを任せられないってことでしょうか。
「食事を別にするなんて許さないよ!」と啖呵を切った義母でした。
みそ汁作ってるけど!
義母の言うみそ汁とはなんなのでしょう?
具が多過ぎて汁物の形状でないようなみそ汁ですかね?
豆腐のことを「トフ」というババアには豆腐が入ってなければみそ汁でないのかもしれないです。
私がつわりで小姑のお弁当を休んだときも大きな声で材料がないからお弁当が作れないと喚いて怒りまくった義母です。(ちなみに、食材はあるの弁当も作れないヤツです!)
難癖なんか朝飯前でしょう。
とにかく、私の健康までおかしくなって来たのが原因で二世帯へ改装することになり、その費用は私の実家が全額負担したボロキッチンを、義母にどうこう言われる筋合いはありません。
でも、なにひとつ反論できず怖くて縮み上がって聞こえない振りをして家事に没頭するしかありませんでした。
夜遅くに帰宅したマザオに飛びつかんばかりに報告した私は緊張が解けたのか涙が止まりませんでした。
その夜は義父母とマザオと私の四人で徹夜の話し合いとなりました。

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妙にいきり立って、私の作るみそ汁や私の起床時間に文句をつらねた義母でした。
いよいよキッチンが別になるのが目前に迫り、簡易二世帯へ改装したことを大後悔してたのでしょうね。だって、全部、自分がやらなければいけなくなりますから。
小姑(娘)のお弁当も、家業の形態のため生活時間がずれている義父(夫)の食事の支度も、洗濯も、それに台所の掃除だってこれからは自分でやらなくてはなりません。
それとも、私の手がなくなるがゆえに煽りをくらうであろう小姑が義母に入れ知恵をしたのかもしれませんが。
もうすぐ完成というときになって、光熱費がどうの、私の起床時間がどうの、イチャモンとしか思えないような言いがかりでした。
ある日、夕飯を食べていたら突然に降って湧いた攻撃に何の用意も無かった私はオロオロとうろたえるだけで何も反論出来ませんでした。
義母の剣幕にもビビって縮み上がってしまったのです。
その時は義母の判断が出るまでは「使わせない!」の宣誓で幕を閉じました。
ふざけんな!
ボロキッチンを作る資金は全て私の実家が出したのに!
だいたい、みそ汁毎日作ってたし!
後年、結婚した小姑が「みそ汁なんか作らない」と話すのをニコニコ笑顔で「若い人はそうよねえ。」と私に同意を求めてきた義母。
おまえみたいのを厚顔無恥って言うんだよ!!

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