大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
三寒四温の言葉通り、春めいたと思ったら冷え込んだり。
若くない身体はあちこち多少の不具合が出ていますが、まあなんとか、職場の同僚とお互いの不定愁訴を嘆きながらも何気ない会話が楽しいです。
自営を続け、ずっと店の中で義家族と密着状態のままだったら、それこそ身も心もダメージを食らって病んでいたかもしれません。
今の生活に転換できて本当に良かったです。紆余曲折ありますが、借金も少しずつですが確実に減っています。自営のままだったら借金は減るどころか増えていたに違いありませんから。
一歩一歩前進してるようで、同居という現実は残念ながら変わりなく過ぎていきます。
庭の雑草はそんな浮き沈みに関係なくあちこちから芽を出して見るごとに大きくなっています。
「そろそろやらないと」
そう思うだけで動悸がして、怒りがこみ上げてくるのです。
あの一言が未だに許せない!
絶対に許せない!
草抜きと枝払いが発端で始まった反撃。
義母の「椿、切っちゃった」に始まった私の怒りの鉄槌は完全無視です。
今は必要なことには返事もするし、あいさつも交わします。
が、以前よりも言葉を交わさなくなったと思います。
自宅なのに、義母に遭遇しないよう気をつけているのであいさつだってこの前はいつだったか?と言うくらいです。家にはマザオがいるのでマザオを介していれば直接話すことはほぼないのです。それに必要な会話もありません。
主婦と大黒柱の役割が入れ替わった今、私に用はないということでしょう。
大黒柱というほど稼いではいませんけどね。
ずいぶんと平和になったのかといえば、そうでもなく、いたるところに遺恨は落ちているのです。
草抜き一つとっても、なんで私が?私ばっかり!、とにかくあの一件が心に重くのしかかりストレスです。かといって、日々眺めるほどに成長している雑草を放っておくのもストレスなのです。
マザオも庭仕事をやってくれるですが追いついていません。
私が何十年も続けてきたように、毎日毎日歯を食いしばって芝生の中を這いまわらなければ...
草抜きの一件はただの引き金だったんだと今頃になって気付きました。
走馬灯のようにあれもこれも、恨みつらみがあの時一気に引き出されたんだって。

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マザオが寝込んでます。
義母の世話を焼いていて風邪をうつされたんじゃないかと思います。
全くやらないわけではないけど家事から解放されて、仕事から帰れば夕ご飯ができてるのが普通になっている昨今、帰宅後に食事の支度をするのが本当にめんどくさいです。
でも、共働きの主婦はこれが普通ですよね。
数年前までは遅い時間まで働いて帰宅後夕飯を終えると夜中、家には寝に帰るだけのおよそ人間らしくない働き蜂のような生活だったのに。
すっかり楽な日常が当たり前になっています。
座ればご飯が出てくる楽な日常が過ごせないからではなくて、義母の世話なんか焼いてるからうつるんだよ!というイライラが私の中で渦巻いています。
マザオにはそんなこと言いませんけどね。
実母が風邪で寝込んだら多少の世話をするのは当然だと思う普通の感覚も持ち合わせてるからです。理性ではわかっていても感情は別物なんです。
だって、たるんでるから風邪ひくんでしょ?
自己管理ができてないから不甲斐ないことになるんです。
かつて、私はそう言われてきました。
だったら、世の中たるんでる人ばっかりじゃん!
風邪をひいても少々のことで寝込むようなことはありません。寝てられないですよね。
皆さんもそうでしょうけど、主婦はやることが山ほどあっておちおち寝てられないです。まして商売屋の家政婦ですから。
寝込むって余程のことです。
息子がまだ小さいころ、高熱でふうふう唸って寝ていた時、
義母がノックとともに部屋に入ってきました。
「晩ご飯どうしたらいい?」
当時、まだまだ五十代の義母のセリフです。
だから、ボロキッチンの設置で私の城ができてから、義家の誰かが寝込んでも絶対にお世話なんかしないって誓ってるんです。
自分がやったことは自分に返ってくるんだ!思い知れ!!
そんな気持ちです。

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