大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
みなさんからのコメントが励みになっています。
ありがとうございます。
お返事が遅れてますが(たびたびでスミマセン)、必ずお返事は書かせていただきますので気長にお待ちくださいませ。
やっと子供達に子供部屋が与えられると思ったら、小姑の里帰り用の部屋にすると言い出した義母と小姑。
二間続きの和室が空き部屋状態であるんですけど!
里帰りの時はそこへ布団を敷いて寝ればいいのに!
どうせ昼間はリビングやダイニングに陣取って好き放題するんだから。
「大きな家に住めてあなたは幸せ者だ」と面と向かって何度言われたことか・・。
大きな家の家政婦としてボロキッチンを自前(実家で費用負担)で作り、アパートより狭いワンルームに洗面所もなく親子4人暮らしてるんですけど!
思ったことを口にすれば、そのしっぺ返しは何倍にもふくれあがって我が身に返ってくるので言いませんけどね。
言ったところで、どうにかなるなんてことはありませんから。
実際、小姑達の里帰りは和室で寝泊まりし、わざわざ空けてある元自室を使うことはありませんでした。そうして、普段使わない部屋がまたひとつ出来ました。
それに、小姑達は長男の家に嫁ぎながら「今時、同居する人なんていない」の発言とともに義実家から遠ざかる生活をしてましたからアパートでおもしろ楽しく暮らしてたんではないでしょうか。里帰りではなく、連日のように義母がアパートを訪問してたみたいです。
「新婚」なんて文字は私の結婚生活にありませんでしたし、実母が遊びに来るなんて夢また夢の話です。
里帰り部屋が使われないまま、月日が流れていきました。
どんな経緯でそんな話の流れになったか忘れてしまいましたが、とにかく里帰り部屋を使わないのはエアコンとテレビがないからだと小姑が言い出したのです。
いい加減にしろや!
私はものすごく腹立たしかったのを覚えています。
なんで普段使わない部屋にエアコンとテレビを置かなきゃいけないわけ?
当時、経理はすでに私へ一任されていましたが、赤字続きの零細企業でそんな余裕なんかありません。なんで家に住んでない人のために何万も使わなくてはいけないのか理解不能です。
その日から、義母の遠回しの催促と小姑の「広告に出てたんだけどー」の電話に悩まされ、最終的にはゴタゴタが続いて根負けしたのは私です。
あれだけごねられて
仰せの通りにしたのに
泊まったのは後にも先にもたったの一泊!!

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書いても書いても更新されず、少々お疲れモード。
サーバー負荷が原因らしいですが、一生懸命書いているのになんとなく無視されたような気分です。
どこか同居の苦労と似てません?
やってもやっても、一生懸命なのに報われない、そして返って来るのは至らない部分をピックアップして羅列する文句!
こっちも言い返せばいいのかもしれませんが、義母&小姑の屁理屈攻撃に敵うはずもなく、無念の謝罪です。
私が友人に愚痴をこぼし、それをまた友人が彼女のご主人に話したところ「やってもらって文句を言うのは最低」とおっしゃったとか。
私はもう20年以上もこの「やってもらったのに文句」のフレーズが頭にこびりついて離れません。それほど強烈に胸に響きました。
小姑一名が嫁に行き、家には口うるさい事務員小姑が残りました。
嫁に行ったはずの小姑は、共働きだったのですが毎日仕事帰りに実家に寄っておかずをかっさらって行きました。
それを義母と事務員小姑は、まったく気に掛けることなく、そのうち勝手に「持って行けば?」とまるで自分が用意したようなふるまいで夕飯のおかずを分け与えてました。
次の日のお昼やお弁当に回そうと思っていても勝手にあげてしまうか、もしくは「いいよね?」と心にもない気遣いのフリをして私から「どうぞ」の言葉を引き出そうとしていました。
一度、「それはちょっと」と言い淀んだら、ものすごい剣幕で屁理屈を並べられ、あげく「ケチ」と言われたのです。
「共働きは子育てなんかよりずっと大変!」
こんな雑言を浴びせられたのもこの頃でした。
風邪をひけば、里帰りして床に伏すってアリですか?
会社から出た長期休暇に、ゆっくりしたいからと実家で過ごす。
お正月に義実家の台所仕事を一人でさせられたと言って、実家へしか近寄らない。
アパートは狭いから必要以外の荷物は全部実家、それも自室だった部屋に置きっぱなし。
考えられないこの家の常識は山ほどあります。
信じられないこの家の常識を少しずつ紹介していきたいと思っています。
私は、共働きしながら子育てして
義家族の世話までしてたんですけどね!

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