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大きな家のボロキッチン

別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?

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日夜、義家族のことをボロクソ書いているので、「事件」だらけの日常なのに今さらなんですか?(笑)

このままでは私の人生真っ暗闇!と思いが募り、人生50にして奮起し反撃中なのですが、ついこの前までは我慢がまんガマン!そして嘆き悔やんでメソメソしてました。

その中で、唯一、法事関係を完全スルーすることに成功した私の抵抗は大きな支えになってます。

お寺さんのことって、普通は年功序列じゃないのですか。
嫁に入ってすぐに、仏壇のお供え物は私の役目になりました。






頂き物、初物だけじゃありません。朝ご飯、時に夕ご飯やおやつ!?までお供えするよう言いつけられました。

お茶碗にご飯ですめば良かったんですけど、みそ汁とおかず(二品)お茶とお水をお盆にセットして2階の仏間へ運びます。

2階です。
新築するとき、物見に狂った バカ 義母が言い張って譲らなかったもので二階に仏間を作るというへんちくりんな間取りになってます。

この上がり下りが非常にめんどくさい!!

例えば、子供の誕生日を祝うケーキまでお預け喰らってまず仏壇でろうそくを灯します。
ろうそくが違うだろーが!!

幼い子供が自分の誕生日を祝うケーキを短時間といえ、目の前から持ち逃げされるんです。
それも、仰せ通りに買わずに手作りしたケーキを。子供より私の方が泣きたいくらいでした。

お盆は3食とおやつ、他一般的に言われてるお素麺やおはぎも。ご先祖様は一日中食べっ放しでしょうね。

私はといえば、義母からメニューまで決められて、朝から必死で7、8人分の家族分も含めて、お三度とおやつの準備に追われます。

それも精進料理のお膳じゃないんです。
義母の好きな物が必ずリクエストされるのです!

毎年外せないメニューに、グラタン、お寿司、フルーツポンチ、天ぷら(ささみと海老は必須)・・グラタンはホワイトソースから手作りで。
時に、パフェもどきも。


おかしいだろっ!!

迎え火も送り火も、私と子供達だけで焚きました。
「まこも」って言うんですか?ゴザ、あれを手作りで!という義母が庭にススキなんか植えやがって、根絶するのにどれだけ大変だったか。

それだけは当初から無視してましたけどね。なんで手を血だらけにして100円で買えるゴザが自家製でないといけないのか理解出来ません。自分でやれ!


こんな奴隷扱いはお盆だけじゃないので慣れっこです。

うそです、もう季節行事は憂鬱を通り越して殺意さえ覚えそうな嫌悪でした。

こういう有様ですから、義父がなくなった時の初盆をご想像ください。

今もって、「すごかったね!」とご近所、お参りに見えた方からも好評です。(嫌味ー)
お葬式を超える超初盆とでも題しましょうか。

嫁入り前は、「本家の嫁たるもの」「長男の嫁なら当たり前」とまるで悟り切った老婆のような発言をしていた小姑たちもびっくり仰天の初盆でしたから。

ちなみに、小姑たちもそれぞれ長男の嫁となりましたが、お盆には思いっきり羽をのばして遊んでいらっしゃいます。

過去に、「いいなあー」と嫌味をこめて言ってさしあげたことがありますが、

こういうものは年功序列、親の世代が元気なうちは親がやるのが当たり前と教えていただきました。

ただし、商売屋は一般的なサラリーマン家庭とは違うのだそうでございます。私、無知でしたー。

その翌年、初夏の風が吹く頃からお盆の憂鬱は襲ってきました。

すると、義母が珍しくおずおずと低姿勢で言ったのす。

「みんなと旅行へ行く事になったから、よろしくお願いね。」



はあー!?
ただでさえお盆は店も人手不足、義父はもうこの世にいない、それなのに初盆終ったら娘家族らと旅行ですか!

これには私より先にマザオが切れてぎゃーぎゃーと親子喧嘩が始まりました。
どうでもよくなった私はそっとその場を離れました。

虚しかった。
小姑たちだって、嫁入り先ではお盆があるはずなのに!毎年毎年みんなで旅行してるのを知ってます。隠したってそんなのバレバレですから。

こっちは子供そっちのけでお盆に振り回されて来たのに。


この差はなんなんですか!?
この時、私は決めたんです。そして、マザオが賛同してくれました。


義母が旅行から帰ってきました。

「ごめんねー、ありがとう!」


「あ、店が忙しくてなんにも出来ませんでした。

 すみません。」


事実、普段お供えするご飯もなーんにもやらなかった私。
そして、義母のキッチンに毎日の仏壇にお供えするお膳のセットを置いといてあげました。

あれ以来、絶対に手を出しません。
そして、義母もなにも言えないみたいです。
お盆のお膳、随分質素になりました。煮豆、出来合いなんか買っちゃっていいんですかー?


生きてる人が優先! やりたきゃオマエがやれ!!

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ふたりの小姑は、もちろん里帰り出産でした。
2ヶ月間も上げ膳据え膳で、友達は来るわ、旦那も毎晩遅くまでいるわ、

勘弁して!!でした。

その時の小姑らの言い草が、
「産後の世話をしたんだから今度は私らがやってもらう番」でした。

は? 記憶にございません!(笑)

私だって帰りたかったに決まってるじゃないですか。義母がごちゃごちゃ言って、結局帰してもらえなかったんですけど。







私は、臨月どころか、破水して病院へ駆け込むまで義家で家政婦をしてました。

つわりもひどかったし、とにかく体調が優れなくてドクターストップが掛かり、ようやく店の仕事から解放されても家の仕事は全部私ひとり。

この時も義母からお決まりのセリフ、「病気じゃない」がありました。

後々、知ったんですけど、義母は自分が出産する時は臨月前に実家へ帰ってたそうです。毎晩、お猪口1杯の晩酌付きだったとか?

誰がその夕飯を用意してたんでしょうかね?
義母の親の介護に明け暮れたの義妹さんじゃないですか?


自分も、そして自分の娘も実家で気兼ねなく、心も体も静養が取れるよう・・・御都合主義の義母!


二人目の出産で入院している間、私は実母に上の子を頼みました。
義母や小姑にいちいち「お願いします」と頼むのもイヤだったし、実母にも初孫と過ごす時間を味わってもらいたくて、マザオと相談して決めたことでした。

実母の張り切り様はテンション高過ぎー、私もそれが嬉しかったんですけど。
だって、新生児の頃は病院に居た時に会ってただけでほとんど義家に囲い込み状態。
その後もゆっくり実家へ帰ることなんてなかったからです。お正月でさえ帰ってません。実父母が初孫と一緒にお風呂に入ったのはこの時が初めてでした。

ただ、この子を連れ出すタイミングが最悪だった!

義母がごねることは想像がついたので、マザオと私は作戦を練ってました。
ところが、この日に限って想定外なことが立て続けに起こり計画が狂ってしまったのです。

実母が機転を利かせて、上の子を病院まで連れ出して来てくれました。


その夜、自宅へ連絡を入れるようにとわざわざ病院まで電話をしてきた小姑。

10円玉を握りしめて公衆電話から電話しました。

興奮した口調の小姑が、

「お母さんが人さらいみたいなことして怒ってる!」

たぶん、こんな感じの言い方でした。
「お母さん」が私の母を指してるのか、義母を指してるのかは判断出来ませんでしたが、とにかく「上の子が私の母に誘拐された」という意味のようでした。

なにそれ!?
怒りで興奮したのか、ビビって不整脈を起こしたのか、大騒動に気づいたのはベッドの上でした。


医者から説教された義母?


ついでに2週間の安静入院になった私。

ざまーみろ!!


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