大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
目標を失ったかのような虚脱感です。
マンションライフは構想倒れのままですが、義母との接点はほぼゼロと言っていいくらいの現状です。
あれほど、この家が大嫌いだと吠えていたのにすっかり定着している自分がいます。
そんな自分にも嫌気がさしているのかもしれませんが、ひとまずは義母のいない安定した生活が送れていることに満足しているはずです。
それなのに、なぜ今になって鬱々とした感情が湧き上がって来るのか、なにをするのも億劫です。
マザオと喧嘩したわけでもなく、仕事でなにかあったわけでもなく、ちょっと見は順風満帆といえなくもないのです。
優雅とはいえませんが、返済と督促状に慄いた生活からは解き放たれました。
家事からも解放されて、
義母がいなくなってからは小姑たちの訪問もなくなり、一気に煩わしい人間関係が遠のきました。
これ以上なにを望んでいるのか、自分でもわかりません。
時々、ボロキッチンができる前のことが頭をよぎって苦しくなることも...
元来、楽観的な私なのになにをどうしたいのか、なにが原因なのか、さっぱりわからないけど
ただただ鬱々とした気持ちだけが消えません。
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この記事へのコメント
無題
鬱病になりました。
田舎に嫁いで
自営業が嫌で
同居のストレス
三重苦でした。
30年経った現在も精神科に通い、
大量の向精神薬を飲んでいます。
うーさんの鬱々とした思い、
分かるような気がします。
私と同じと言うのは恐縮なのですが、
私もいつも頭の片隅に「霧」があり、
晴々とした気持ちになれません。
この頭の片隅の霧が無くなり
パァ〜ッと明るい日がさす日が来るのは
(私の鬱病が治るのは)
姑がこの世からいなくなった時ではないかと思っています。
今、うーさんのお義母様は引っ越され、
小姑様の訪問もなくなり、
一見すると何も苦はないのでは?と思いますが、
でも、
こう言ってはなんですが
存在する限り、影に怯えるのではないでしょうか…。
今の鬱陶しさ、煩わしさ、
(それがあるとすれば)憂鬱な気持ちも含め、
当たり前で、
仕方がないです。
私は、
霧が晴れて明るい日差しが舞い込む時
それは姑との永遠の別れの時と思っています。
少し単刀直入に言い過ぎましたが、
これはあくまで私の身の上の話です。
気を悪くなさらないでくださいね。
Re:無題
存在する限り影に怯える、まさしくその通りです。
考えても仕方ないのに考えてしまう、なんの解決にもならないのに思いを巡らせてしまう、そんなこんなで自分で暗い道へ突入してしまうのですから。
でも、ここを乗り越えなければ次は現れないと自分に言い聞かせています。
りんごさんも無理をなさらず、ご自愛くださいね。