大きな家のボロキッチン
別居だったはずなのに! ある日突然の「壁紙選んでね」という義母の言葉に呆然、あれよあれよという間に同居のための改装終了。 卯年生まれの私も義母が雑事から解放された年齢になりました。うさぎが茨の道を脱出できる日はいつ?
目標を失ったかのような虚脱感です。
マンションライフは構想倒れのままですが、義母との接点はほぼゼロと言っていいくらいの現状です。
あれほど、この家が大嫌いだと吠えていたのにすっかり定着している自分がいます。
そんな自分にも嫌気がさしているのかもしれませんが、ひとまずは義母のいない安定した生活が送れていることに満足しているはずです。
それなのに、なぜ今になって鬱々とした感情が湧き上がって来るのか、なにをするのも億劫です。
マザオと喧嘩したわけでもなく、仕事でなにかあったわけでもなく、ちょっと見は順風満帆といえなくもないのです。
優雅とはいえませんが、返済と督促状に慄いた生活からは解き放たれました。
家事からも解放されて、
義母がいなくなってからは小姑たちの訪問もなくなり、一気に煩わしい人間関係が遠のきました。
これ以上なにを望んでいるのか、自分でもわかりません。
時々、ボロキッチンができる前のことが頭をよぎって苦しくなることも...
元来、楽観的な私なのになにをどうしたいのか、なにが原因なのか、さっぱりわからないけど
ただただ鬱々とした気持ちだけが消えません。

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盆暮れ正月の次にゴールデンウィークが憂鬱でした。
容赦無くやって来る小姑や義母の親戚達に翻弄され、ヘトヘトになってたあの頃。
家族サービスに疲れ切ったならやりがいもあるでしょうけど、義家族へのサービスと言う名の強制労働
もちろん子供達はほったらかしでした。
息子達が大学生になり帰省して来ても商売の手伝いが最優先、その片方で小姑や義母の親族が遊びに来るやりきれなさは思い出すだけで吐き気がします。
ずっと懸念していた息子達の帰省問題はギリギリのタイミングで回避できました。
義母の引っ越しが完了した時、心底ホッとしたものです。
義母がいなくなってからは息子達もゆっくり帰省できると喜んでいたのですが、コロナ騒動が始まってしまい、やっと大手を振って迎え入れることができました。
あちこち出掛けたり、夜な夜な時間を忘れて話し込んだり、楽しい時間はあっという間でした。
それにしても疲れました!
もう若くないのだと再認識です。
でも、昔の疲れとは真逆の清々しく楽しい疲れです。

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